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水月庵

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朝と珈琲

慶喜は微睡みから目を覚ました。
昨夜の行為のせいで違和感の残る下腹部を庇いながらゆっくりと身を起こす。

「おい起きろ、栄一」
隣で眠る男の肩に手を伸ばした。が、何とは無しにその手を寸前で止める。
安心しきったようにすやすやと眠る年下の男。ややふっくらとした丸顔に垂れ目がちの目。無邪気な寝顔はどこかあどけなくさえあった。
肩を揺さぶろうと伸ばした手は当初の目的よりもやや上を舞い、男のふさふさとした短髪の上を触れるか触れぬかのさり気なさで通り過ぎた。
あれはもう何年前になるだろう。彼は慶喜の命で遣欧使節として欧州へと旅立った。その折に彼は髷を落としたのだが、その姿を写真に撮って細君に送った結果散々な言われようでしたよ、と情けない顔で言っていたことをふと思い出した。



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君の名は。

闇の深い長宗我部ブームが急に巻き起こったので書いてみました。
タイトルは流行りに乗ったけど別に入れ替わったりはしない。



 その日、私は随分と久しぶりに父の微笑む顔を見た。
「かように長い間何処をさまよっていた? 待ちかねたぞ」
 父は私の前でその長駆を折り、膝立ちになるとうっとりとした表情で私を見上げた。


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親愛なる君へ

「では叔母上、そろそろ失礼させていただきます」
 和家麻呂(やまとのいえまろ)は上座に座る佳人にそう言い、恭しく頭を下げた。
「ええ、今日はありがとう。また偶には顔を出してね。頼りにしているわ」
 佳人はふわりと笑った。無垢な少女のような透明感のあるその笑みは、年頃の子供を持つ母親のものとはとても見えない。
 佳人ーー彼女は家麻呂の父の妹で、名を和新笠(やまとのにいがさ)というーーの笑みに会釈を返し、家麻呂は立ち上がった。
 部屋を辞して廊下を進み、建物の外へ出る。
 初夏の眩しい陽射しに家麻呂は思わず目を細めた。



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兄と弟




武智麻呂と房前が兄弟団欒しながら長屋王を排斥する意向をかためる話


 やはり、あの方には消えていただく他あるまい。
 柄にもなくグルグルと長い間考え続けた結果、俺はそう結論付けた。
 あの方。長屋王。
 高貴で、とても聡明なお方。
 俺はずっとあの方に憧れていた。
 邸を訪れた俺を歓迎してくださり、俺の作った取るに足らぬ詩歌を褒めてくださったあの屈託のない笑みを思い出すと今でも胸が焦がれる。
 認めたくはないが、その感情はある意味、恋ともいえた。
 だが。それでも。
 あの方は屠るべき敵。
 俺の描く未来に彼はいない。

「あなた、房前さま」
 快活な妻の声に、思索の海に沈んでいた俺ははっと我に返った。



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necropolis



舎人親王の子、船王(ふねおう)と、新田部親王の子、道祖王(ふなどおう)の話。




 737年、晩夏。かつて「咲く花の匂うがごとく」と謳われたここ平城京は、折しもの豌豆瘡(天然痘)の大流行ですっかりその美しさを失っていた。道端には豌豆瘡で死んだ者達の遺体が無造作に積み上げられ、腐臭を放っている。
 死の匂いの立ち込める早朝の都大路を、一人の貴公子が馬を走らせていた。彼の名は船王。故一品太政大臣、舎人親王の三男である。
「急ぎましょう、旦那様。疫神(えやみのかみ)に捕らえられてしまいます」
 馬を引く従者が言った。怯えきった様子である。そんな彼とは対照的に、馬上の主人はいかにも涼しげな顔をしていた。



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