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水月庵

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狂気に関する手記

ちょっと胸糞悪いかもしれないです。

 泊瀬部内親王(はつせべないしんのう)。
 人々はわたくしのことをそう呼びます。

 わたくしは後に浄御原帝(きよみはらのみかど)、あるいは天武天皇と呼ばれる人の娘としてこの世に生を受けました。
 母は采女上がりの女性でございましたが、わたくしを含め四人の子女を産んでおりますことから、きっと深く愛されていたのでは、と恥ずかしながら思っている次第でございます。
 何ぶん特殊な家柄でございますから、並の家族のようにとは参りませんが、それでもわたくしは尊敬すべき父と優しい母と兄、そして可愛い弟妹に囲まれてすくすくと育ちました。
 かの戦乱の折、兄の刑部(おさかべ)は父に付き従って吉野へ参りましたが、女でしかもまだ幼いわたくしは弟妹とともに母の懐で守られ安穏と暮らしておりました。
 そして骨肉の争いの末、見事に勝利を収めた父は飛鳥浄御原宮にて即位し、それに伴ってわたくしも『皇女』と呼ばれる身の上になりました。



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二人だけの合図

新年を迎えて数日が経った頃。
 元日節会をはじめとする正月の宮中行事も何とか一区切りつき、久しぶりに宮中を退がってゆっくりできるな、と思いながら、俺は伸びをした。
 普段は歴史書の編纂作業その他諸々の行政活動に追われている俺だが、そもそも俺は親王という身の上、しかも一応皇家の重鎮と呼ばれる立場なので、宮中祭祀をおろそかにするわけにもいかず、通常業務が休みとなる正月も結局いつも通りに働くはめになった。
 しかも新年早々射礼(じゃらい)の儀式に引っ張り出されるというおまけつきで、だ。
 確かに弓は嫌いではないし、得意なほうであるとも思う。が、まあ疲れることは疲れる。何もしないでいいに越したことはない。



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雪のよるに

時刻は子の刻を過ぎ、まもなく丑の刻に差し掛かろうかというあたり。
 雪の降る寒い夜。
 門の方から微かに聞こえる話し声に、俺は目を覚ました。何を言っているのかはわからないが、声の主は若い女、恐らく我が邸の采女の声で、何やら困惑しているらしいことはわかった。
 俺は寝台から出て、解いた髪に上着を引っ掛けただけという格好で門を目指した。
 近づくにつれ、声の内容が少しずつ鮮明になってくる。
 采女の口から聞こえた『親王さま』という言葉に、自ずと早足になる。
 こんな時間に俺を訪ねてくる『親王さま』なんて、一人しかいない。



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月の夜 4

后になってからも小野王の酒癖は治らず、彼は決して賢后とはいえなかった。例えばこんなことがあった。ある宴席にて瓜が饗されたのだが、その皮を剥くための刀子がなかった。そこで弘計は后に命じて私の元へ刀子を持ってこさせたのだが、すでに酔っていた小野王は立ったまま無造作にどん、と刀子を置いた。それだけならばまだいい。ますます酔った彼は、酒が切れたと言ってあろうことか日嗣たる私に酒を持ってこさせたりと、狼藉の限りを尽くしたのである。当然腹は立った。だが、どんなことをしても不思議と許してしまうような妙な愛嬌を持っているのもまた、彼であった。
 そして、気性の激しい弘計大王を時に宥め、時に諌め、彼を賢君たらしめているのも他ならぬ小野王であることは、私のみならず百官もよく理解していた。だからこそ、私も含め、民は皆、素行が悪くしかも子も生さぬ后を敬して奉るよりほかなかったのである。



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