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水月庵

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夏の骸

「市井の様子を見てみたい」
 暑い夏の昼下がり、二条城黒書院でのことである。
 室内にいてもじっとりと汗ばむような盆地独特の暑気から少しでも逃れようと、手を団扇のようにパタパタさせていた慶喜は、突然発せられた年下の主君の言葉にぴたりと手を止めた。
「……しかし、将軍御自らが町に下りられるとなると準備も大仰になりますし、今はそのようなことに割いている時間も人も金も……」
 まもなく長州との戦が始まろうかというときである。
 今日は何故だか予定が何もなく、こうして慶喜も、彼の主君である家茂もだらだらと寛いではいるが、だからといって将軍が大仰な物見遊山に興じているような場合では決してない。
 慶喜がそう言って反対すれば大抵の場合家茂は素直に意見を取り下げるのだが、今日は違った。

「では、大仰でなければ良いのだな」



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独占欲

丹羽長重(にわながしげ)は愛しい人の臥所を後にした。
夜はまだ深い。
たった一度愛し合っただけでは、離れていた長い時間を埋めるのには全然足りなかった。
だが、かの人の許から大っぴらに朝帰りなどできようはずもなく。
後ろ髪を引かれつつ、彼は中庭に面した廊下へと足を踏み出した。
先ほどまで降っていた雨の影響だろうか、湿り気を帯びた空気が情事の余韻冷めやらぬ身体を包む。
厳重に人払いはされているはずである。が、用心には用心をということで極力足音も立てぬようにそろりと歩を進める。いや、進めようとした。
部屋を出て数歩も行かぬところに、まるで行く手を阻むかのように影があった。
長重の持つ手燭の仄かな灯りに照らされ、影は人の形を成す。
まるで置物のように静かに、その場に座していた人影は灯りに気づくやゆらりと立ち上がった。
背は長重より僅かに低い。髭のないこざっぱりとした顔。
「……これは、大炊どの」



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およし御寮人騒動

気怠げな様子で身を起こし、慶喜は枕辺の煙管を手に取った。
火をつけ、煙を吸い込む。
しばしその味と香りを楽しんだ後、これまた気怠げに吸い口を唇から離した。
僅かに開いた薄い唇から紫煙がくゆる。
燭台の灯りのもとを所在無げにたゆたい、その煙は幾ばくもなく消えていった。
二口目を吸おうと動かしたその手を、後ろから伸びた男の手が遮った。
慶喜を追うように自らも身を起こした男は後ろから慶喜の身体を抱いた。
男は慶喜の手ごと煙管を自分の口元に手繰り寄せ、そのまま煙管を咥えると先程の慶喜と同じように紫煙を吐いた。
「そなたは誰に対してもこうなのか」
男が言う。
二人とも素肌に襦袢を引っ掛けただけの姿である。
「こう、とは?」
「ことが終わったらすぐに煙草を吹かす。素っ気ない男だ。
女人に対してもそうなのか?
それとも」
甘えるように慶喜の肩に顎を乗せ、男は言う。
「終わった後まで私にベタベタされるのは上様とて本意ではないかと思いまして」
慶喜は苦笑した。



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仁義なき戦い

SIDE. K

江戸の街にほど近い宿屋で僕たちは駕籠や馬から降りた。
兄上様が大きく伸びをする。狭い駕籠の中から束の間解放された兄上様はとても嬉しそうだ。
「やっと着いたなぁ。さ、おめかしせな」
上体を反らせたり屈伸をしたりと凝り固まった関節を伸ばしながら、兄上様が言う。

僕は大久保公忠(きみただ)。通称は主計(かずえ)。
畏れ多くも高松藩の大老の任を仰せつかっている。といえばまるでおじさんのようだが、あいにく僕はまだピチピチの17歳である。



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帰国

その日、栄一は初めて静岡の地に降り立った。
主君に帰参の報告をするためだ。
遥か昔、二代将軍徳川秀忠公の生母、西郷の局が住まいしたといわれる古刹、宝台院。
かつて征夷大将軍としてこの国を統べていたその人は今、この寺院に軟禁されている。

「徳川昭武である。上様……いや、兄上に帰国の報告をしに参った」
栄一と共にやって来た徳川昭武が、入口を固める兵士達にそう名乗ると、彼らは意外にも柔らかな態度で中へ入るよう二人を促した。



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