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水月庵

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クズ達のラブストーリー


 大仰な大垂髪に十二単。絹の塊のようなその衣装はちょっとした甲冑くらいの重さだそうだ。
 この日のために厚く塗りたくられた白粉は肌本来の赤みや柔らかさといったものを一切合切消し去っていて、いっそ不気味ですらある。
 この作り物のような女が僕の妻だ。
 緊張しているように見えなくもないその横顔を一瞥したきり、僕は彼女への興味を失った。
 視線を前に戻す。
 高砂に程近い場所に彼はいた。
 直垂を着て、隣に座る彼の兄と談笑している。
 ひとつ違いの僕の叔父。
 とても叔父さんなんて呼べやしない。今日も彼は綺麗だ。
 いつもの伊達姿も好きだけれど、こうしてきちんとした格好をした彼はこう、何というか、とても色っぽい。
 ああ、じゃあやっぱり彼にはいつもの姿でいてもらわないと。ただでさえこの人は身持ちが悪いんだから。
 じっと見ていると、さすがに彼も気づいたらしい。ちらりと僕を見た。
 束帯を着て高砂に座る僕に流し目をくれ、にやっと唇を吊り上げる。
 ああ、早くその唇がほしい。もうそれしか考えられなかった。



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都市伝説の姫





御三家二代目が酔っ払ってるだけ。



「おまえも千代なんだな、そういえば」
 水戸の従弟の顔をまじまじと見つめつつ、尾張藩主徳川光義はしみじみとした口調で言った。
 酒が回ってきたのか、ほんのり赤い顔をしている。

「は?」
 水戸の世子、徳川光国は怪訝そうに片眉を吊り上げた。



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弟くんの秘密



将軍×副将軍前提の紀州初代×副将軍


 朝方、自分の邸へと戻った頼房は、出迎えた使用人に兄の頼宣が来ていると聞いて慌てて自室へと足を運んだ。
 そっと襖を開けると、ごろりと寝転がってまるで自分の邸のように寛いでいる兄の姿があった。

「江戸へ着いて真っ先に可愛い弟のところへ駆けつけてみれば朝帰りとは。いいご身分だな、鶴千代」
「……前もって知らせてくれればちゃんと待って……いや、こちらから出向いたのに」
 頭上でひとつに束ねた長い髪を揺らし、鶴千代こと頼房が兄の傍らに腰を下ろす。
 頼宣はむくりと身体を起こし、仏頂面の弟の腕を掴むとぐいっと自分のほうへ引き寄せた。
 均衡を崩し、頼房は兄の厚い胸板へ倒れこむ。
 頼宣は空いた手で弟の長い髪を払い、露わになった首筋に鼻先を寄せた。
「湯の匂いがする」
 昨夜はお楽しみでしたね、と揶揄するように言われ、頼房はさっと顔を赤らめた。そして、頼宣の胸を押してその腕の中から這い出ようとする。
「久しぶりに会うお兄ちゃんに対して随分とつれないじゃないか。何か俺に隠しごとでもあるのか?」



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竹と鶴とときどき煙


竹千代(いえみつ)と鶴千代(よりふさ)がちょっと悪いことをする話。

 広大な江戸城の中。
 西の丸のさらに西、吹上の地では新たな屋敷を建てる工事が進められていた。
 その屋敷がちょうど完成した頃。
 侍女がしずしずと入ってきてかしずき、上様のおなりです、と告げた。
 寝っ転がって本を読んでいた僕は慌てて起き上がり、だらしなく着崩れた着物を直した。
 父上が僕に用とは、珍しいこともあるものだ。
 やがて、侍女が恭しく開けた襖から入ってきた父──二代将軍徳川秀忠は、ひとりの少年を連れていた。
 後頭部で結わえていてさえ艶々と長く、背中と腰を覆ってお尻のあたりまで届いている長い黒髪の少年。
 彼を見ると、少し顔が緩むのが自分でもわかった。
 彼とはこれまでにも何度か顔を合わせたことがある。



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天空より誰そ彼を思う




また備中松山主従の話。

 初夏の夕暮れである。
 夏に向けて緑を増してゆく木々の葉に西日が燦々と照り映える。
 外から降り注ぐ日差しに少し眩しそうに目を細めながら、部屋の中では振り分け髪の幼な子が一心不乱に筆を走らせていた。
 小さな手で筆を握り、覚えたての字を広げた白い紙いっぱいいっぱいに書いている。
 力加減など知らぬ幼な子のこと。文机はおろか畳の上にも点々と墨が散っているが、彼は気にする気配もない。
 見ようによっては少し眠たそうにも見える重たげなまぶたの下の目は、しかし真剣そのものだ。
 ただひたすら、今日習った字を忘れぬように一生懸命書いてゆく。
 と、そのとき、カタリとかすかな音を立てて襖が開いた。
 その音に幼な子はようやく紙から目を離して振り返る。


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