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水月庵

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燦國恋歌 第2章

ふぅ。
息をつき、俺は帚を持つ手を止めた。
じっとりと額にしみ出してきた汗を帚を持っていないほうの、手の甲で拭う。
……暑い。

俺が燦へ異世界トリップしてから今日で丸一ヶ月。
季節は微妙に秋へと移り変わっているものの、まだまだ暑い。

この燦って国は、気候は日本と似ているようだ。
四季がある。
梅雨もあるらしいし、もうすぐしたら台風もやってくるそうだ。
そして、残暑が厳しい。

本当、勘弁してくれよこの蒸し暑さ。
思いながら、俺はまだまだギラギラしている太陽を目を細めつつ仰いだ。

俺は今、薪を割ったり皇宮の庭の掃き掃除をしたりと、まぁ有り体に言えば召し使いって奴をやってる。
皇宮にいるつもりなら働け、とあの美しい玲慶陛下、の弟である煌仙さんが言ったからだ。

ちなみに、陛下とは最初に会った時以来全然会えていない。
まあ召し使いと皇帝じゃ滅多に会うこともないんだろうが。
たまには会いてぇな……なんて思ったり。

「ちょっと」

声が聞こえた。
でも、多分呼ばれてるのは俺じゃないだろう。
そう思って気にせず掃除を実行していると、また呼ばれた。

「ちょっとそこの格好いいお兄さん!」

くるり。反射的に俺は振り返った。
現金だね俺も。



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燦國恋歌 第1章

あれ、なんかふわふわする……。

ゆっくり開けた俺の目に映ったのは、吊り灯籠。
しかもなんか金とかで装飾された、やたら豪華な。

…なぜ灯籠?
俺、海辺にいたんだよな?
また夢でも見てんのか?

俺はもう一回目を瞑った。

相変わらず背中にはふわふわした感触。

多分この背中のふわふわした感触、これは布団だろう。
しかもこの肌触りは絹。

掛け布団はたぶん羽毛布団。

肌触りも寝心地も最高だ。

今髪が濡れてるんだが、濡れた髪が直接枕カバーに付かないように、枕の上にはタオルのような布を敷いてくれている。

寝心地最高……って、そうじゃなくて!

何で俺、寝てんの?
しかもこんな高級寝具、持ってないし、合宿所にもこんないいものはなかった。

大体、ここどこなんだよ?!

目だけを動かして周りを見ると、朱塗りの柱が目に入った。
吊り灯籠といい、調度類といい、何か中華風だ。
しかも、古代中国風。

俺はぎゅーっとほっぺたを抓ってみた。
……痛い。

目、覚めねーよ。

とかなんとかやっていると、目の前の大きな扉が開いて男の人が一人入ってきた。
タオル状の布で、濡れた長い黒髪を拭きながら。

人が来たのに悠々と寝てるのも失礼かなと思い、俺は身を起こす。

「ん……?」
俺は目に飛び込んできたその人の姿に違和感を覚えた。

男のくせに、とても綺麗な人だった。
きめの細かい象牙色の肌に、やや吊り気味の切れ長の目。

アジアンビューティー。
まさにそんな感じ。

年は俺より五歳ほど上、二十代前半、といったところだろうか。
で、身長はたぶん俺よりは低いが、低身長でもない。
170ちょいくらいかな。

……って、そうじゃなくて!
そう、問題はその年齢や身長、そして美しい顔ではなく、服だ。

だって、この人の服……。

これとよく似たものを、世界史の資料集で見たことがある。
なんか、水墨画とかに描かれている仙人的な感じ。

……マジでここ、どこだよ?
日本……だよな?

なんかもう俺、泣きたくなってきた。


そんな俺の様子に気づいた先程の人が、髪を拭いていたタオルをその辺に置き、慌てて駆け寄ってきてくれる。

「どうした、どこか痛いのか?」
その人は耳に心地よい、柔らかい声をしていた。

彼は、俺の隣に腰を下ろし、俺の背中を撫でてくれた。
よしよしって、まるで弟や子供にするように。
大丈夫だって言ってくれるかのように。

何が起こったか分からないこの状況は変わらない。
変わらないんだけどさ。
なんか、そうやってあやされてる(?)と不思議なことに不安がなくなってきた。



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燦國恋歌 序

俺は、全速力で走っていた。

やたらゴテゴテしたシルクの衣装をからげながら。
朱塗りの柱と、所々に配された金色の灯籠が美しい中華風の回廊を。

そして、ある部屋の前で立ち止まると、呼吸を整えることもせず、勢いそのままに観音開きのその扉を豪快に開け放つ。

中からは、苦そうな漢方薬の匂いがした。
そして、中には医者やら女官らしき人やら、とにかく人がたくさん居た。
その全員が、何事かと扉のほう、すなわち俺のほうを一斉に見る。
だけど、その大勢の人の視線すら、今の俺は全く眼中になかった。

一心不乱に、その部屋の中心に置かれた寝台へ歩み寄る。
貴人のものに相応しい、豪奢なしつらえの寝台。
でも、そこに横たわる愛しいその人は、あまりにもか細かった。
俺は寝台の脇に膝をついた。
そして、思わず涙が出そうなくらいか細いその人の手を取り、両手でしっかりと包み込む。
その手の甲を撫でさすりながら、俺はその人の名を呼んだ。……いや、呼ぼうとした。



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燦國恋歌 概要

あらすじ

現代日本に生きる高校生、市橋千早は雷に打たれたショックで異世界トリップしてしまう。

目を開けるとそこは、燦国という中華風の帝国。
そして、傍らにいる美形は燦国の皇帝だった。

日本へ戻る手立ては見つからず、とりあえず千早は王宮に置いてもらえることになったが……。

『燦國恋歌』の舞台設定について。



燦国は、巨大な大陸、天海(てんかい)大陸の北東部に位置する。
とても歴史の古い帝国で、かつては大陸の大半を占める巨大国家だった。
首都は奏江(そうこう)。

皇室の姓は希(き)氏。

国家元首である皇帝が政治を行うための補佐役として、
左丞相と右丞相(いわゆる宰相職)がいる。
右丞相のほうが偉いが、右丞相は代々皇族が就任することになっているので、臣下の最高位は左丞相。
その他、その下に実務機関がいくつかある。

軍の最高司令官は、大尉と呼ばれる。

南の国境を景(けい)、北の国境を瑾(きん)という大国とそれぞれ接している。

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