忍者ブログ

水月庵

Home > ブログ > 古代史

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

清澄

「……見せもんじゃねえぞ」
 浅い眠りから覚め、俺の姿を認めるなり父はそう言った。
「これは異なことを」
 心外である。
 確かに俺にはほんの少しだけ、生き物の苦しむ様や変わり果ててゆく様を見ると嬉しくなってしまう傾向があるが、対象が実の父親とあっては話は違う。
 父親の苦しみを喜びとするほど終わっちゃいない。



拍手[1回]

PR

親愛なる君へ

「では叔母上、そろそろ失礼させていただきます」
 和家麻呂(やまとのいえまろ)は上座に座る佳人にそう言い、恭しく頭を下げた。
「ええ、今日はありがとう。また偶には顔を出してね。頼りにしているわ」
 佳人はふわりと笑った。無垢な少女のような透明感のあるその笑みは、年頃の子供を持つ母親のものとはとても見えない。
 佳人ーー彼女は家麻呂の父の妹で、名を和新笠(やまとのにいがさ)というーーの笑みに会釈を返し、家麻呂は立ち上がった。
 部屋を辞して廊下を進み、建物の外へ出る。
 初夏の眩しい陽射しに家麻呂は思わず目を細めた。



拍手[0回]

兄と弟




武智麻呂と房前が兄弟団欒しながら長屋王を排斥する意向をかためる話


 やはり、あの方には消えていただく他あるまい。
 柄にもなくグルグルと長い間考え続けた結果、俺はそう結論付けた。
 あの方。長屋王。
 高貴で、とても聡明なお方。
 俺はずっとあの方に憧れていた。
 邸を訪れた俺を歓迎してくださり、俺の作った取るに足らぬ詩歌を褒めてくださったあの屈託のない笑みを思い出すと今でも胸が焦がれる。
 認めたくはないが、その感情はある意味、恋ともいえた。
 だが。それでも。
 あの方は屠るべき敵。
 俺の描く未来に彼はいない。

「あなた、房前さま」
 快活な妻の声に、思索の海に沈んでいた俺ははっと我に返った。



拍手[1回]

necropolis



舎人親王の子、船王(ふねおう)と、新田部親王の子、道祖王(ふなどおう)の話。




 737年、晩夏。かつて「咲く花の匂うがごとく」と謳われたここ平城京は、折しもの豌豆瘡(天然痘)の大流行ですっかりその美しさを失っていた。道端には豌豆瘡で死んだ者達の遺体が無造作に積み上げられ、腐臭を放っている。
 死の匂いの立ち込める早朝の都大路を、一人の貴公子が馬を走らせていた。彼の名は船王。故一品太政大臣、舎人親王の三男である。
「急ぎましょう、旦那様。疫神(えやみのかみ)に捕らえられてしまいます」
 馬を引く従者が言った。怯えきった様子である。そんな彼とは対照的に、馬上の主人はいかにも涼しげな顔をしていた。



拍手[0回]

玉虫色の笑み




うちの大海人は入鹿の息子っていう特殊設定です。悪しからず。


 その日は父に勉強を見てもらう約束をしていた。
 昼過ぎには戻るからと微笑んだ父。それが、俺と父の最後の会話になった。
 頭を撫でようと伸ばされた父の細い手を、もう子供ではないのだからと振り払ったことをどれほど悔いたことだろう。

「大海人様、あなたはここからお逃げください」
 宮中から送り返されてきた父の遺体を安置した部屋で、祖父……蘇我蝦夷が言った。
 父、入鹿の遺体に掛けられた筵をめくろうとした俺の手を、見ないほうがいい、と押しとどめ、祖父は尚も言う。
「あなたは確かに入鹿の子だが、同時に宝大王様の御子でもあり、……葛城皇子の異父弟でもある。
 その血筋を利用してどうか……どうか生き延びてください。
 あなたさえ生きていれば少しは……」
 声を詰まらせ、祖父が筵を愛おしげに撫でる。
 何度も何度も筵を、いや愛する息子の遺体を撫でながら、震える声で祖父は言った。
「少しは、これも救われましょう」



拍手[1回]

PAGE TOP