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水月庵

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丘に風が吹く






6月12日、乙巳の変によせて。





 息を弾ませながら長い坂道を登る。
「はは、運動不足じゃねえの?」
 馬上のその人はそう言って軽やかに笑った。俺を見下ろすその可愛い顔が今は憎らしい。顔の輪郭を伝って顎に流れる汗を手の甲で拭いながら、俺は彼を睨みつけた。
「あなたはいいですね。涼しい顔で馬に揺られて」
 俺も乗せてくださいよ、と冗談まじりに言えば、彼は意外にも、素直に手を差し伸べてきた。
 その手を取り、彼の後ろに乗り込む。薫香が鼻腔をくすぐった。どうせ唐渡りの高価な香でも使っているのだろう。何せ彼は、権勢並ぶものなき蘇我本宗家の当主、蘇我鞍作入鹿様だ。
 後ろに乗る俺にもたれかかりながら、入鹿様はゆっくりと馬を歩かせていた。



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天帝と天相

あれは恵美押勝の乱が終結した直後。山部王が初めて朝廷から官位を賜る運びとなり、住み慣れた山背国乙訓里を離れて上京してすぐのことだった。

 頼りない明かりに導かれて、山部は前を行く雄田麻呂の後を必死に追いかける。夜とはいえ暑い夏のこと。首筋にうっすらと滲んだ汗を手の甲で拭いながら、山部は問いかけた。
「一体どこまで行くんだ。もう都を抜けて随分歩いた……」
 雄田麻呂が持つ松明のほかには明かり一つない暗い山道。
「少し足元が悪くなってきましたね」
 そう言って雄田麻呂は松明を持っているのとは逆の手を山部に差し出した。
 その掌の上に当たり前のように自分の手を重ねながら、山部が言う。
「急に星を見に行こうなんてどうしたんだ。おまえらしくもなく情緒的だな」
「そうですか? 貴方に対してはいつも情緒的なつもりなのですが」
 すました顔でそう言い、雄田麻呂は山部の手を少し力を入れて握った。



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机上の空論

長屋王の変の話。

 左大臣として栄華の絶頂にいたはずの私は、左道でもって皇太子を呪い殺し国家転覆を図ったなどという馬鹿げた容疑で朝廷の窮問を受けることになった。要するに、私は藤原の者共との権力争いに負けたのである。
 その事実を頭では分かっているのだがどうにも理解が追いつかず、我が邸が兵士に取り囲まれる様をまるで夢の中の出来事のように見ていた。
 だが、窮問使達を率いてあの男が姿を見せた瞬間、それは突如として現実味を帯びて私の胸に迫った。

 一品知太政官事、舎人親王。
 私が侮り、妬み、敬した男。



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蜜の罠

山部立太子をめぐるいざこざの話。
なんかちょっとやらしくなった気もするけどこれくらいなら大丈夫だよねー!ウフフオッケー♪♪



「百川(ももかわ)、おまえ今何と言った」
 山部(やまべ)親王が咎めるような口調で言った。
 男の腕の中から半ば身を起こし、その切れ長の目で先程まで己を抱いていた男を睨む。
「井上(いのえ)皇后の『お相手』をしていただきたいと申し上げました」
 男ーー藤原百川は山部の眼光にも全く動じる様子を見せない。
 彼は秘め事の続きのような甘い声でとんでもないことを囁きながら、山部を再び腕の中に捕らえた。
 百川の上に半身を乗せるような形で寝そべる山部のうなじに触れ、そのまま背骨に沿って下のほうへと手を這わす。


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夢を見る

「山部(やまべ)には困ったものだ」
 盤上に黒石を置きながら白壁(しらかべ)様が仰った。
 俺は白石を指で挟んで弄びながら、次の一手を考えていた。あと一歩及ばずといった体で上手く負けるというのもなかなか頭を使う作業なのである。
 そのような俺の内心など知らぬ気に、白壁様は自らのご長男である山部様についてため息まじりに語る。
「あやつは儂が渡来人の女に産ませた息子なのだが、近頃浮かれ女のような真似をしておるというではないか。
 まったく、嘆かわしい」



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