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水月庵

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神は嘉するか

また軽率に時代を広げてしまった……

 はじめてあの方とお会いしたのは、藤原雄田麻呂様のところへ帰京の挨拶に伺った折だった。
「清麻呂どの、いろいろとご苦労だったな」
 私に向かい側の席を勧めながら、雄田麻呂様はその秀麗な顔に柔らかな笑みを浮かべた。
「雄田麻呂様こそ。配流中にあなた様からいただいたご厚情にどれほど救われたことか」
 一礼して雄田麻呂様の向かい側に腰を下ろし、私は言った。
 この言葉はもちろん雄田麻呂様に向けたもので、心の底からのもの。
 だが、恩人に感謝を述べるという大事な場面であるにもかかわらず、私の目は恩人ではなくその隣に侍っている男に向いていた。



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偶像に祈りを

718年。病に倒れた不比等を見舞う舎人親王の話。

「こんな顔もするんだな」
 俺の視線の先で、男が規則正しい寝息を立てている。俺は随分と白いものが多くなった彼の髪をさらりと撫でた。
 既に老境に差し掛かった男。しかし、彼のこんなに無邪気な顔などついぞ見たことがなかったので、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「申し訳ありません。親王殿下のお出ましだというのに」
 眠っている男の妻、三千代どのがすまなさそうに俺に言う。
「かまわん。偉大なる右大臣藤原不比等どのの寝顔の鑑賞会というのも悪くない」
 冗談めかしてそう言うと、三千代どのも口許を袖で隠してくすくす笑った。
「殿下ったら。お人の悪いこと」
「何を今更」
「ま、そうでないと二十年も三十年もこの人と一緒に仕事などできませんわよねぇ」
 笑いながら三千代殿が言う。大した言いようである。
 にしても、そうか。もうそんなに経つのか。



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手を重ねる

有間皇子の変あたりのときの赤兄と敏傍

 すっかり冷え込むようになった霜月の三日のこと。
 門が開閉する音を、蘇我敏傍は褥の中でぼんやり聞いていた。ややあって、今夜は開くはずのない寝台の帳がゆらりと揺らいだ。驚いて飛び起きる。
「うわっ……、何だ、常陸か」
 毎日顔を突き合わせているおなじみの少女の顔に、ほっと胸を撫で下ろす。と同時に、慌てて少女に背を向けて、枕辺に置いてあった上着を羽織った。

「常陸ですよ、お義父様。……どうして何も着てらっしゃらないの?」
 常陸と呼ばれた少女が小首をかしげる。
「俺は寝る時は何も着ない主義だ。それよりもどうしたんだ、こんな夜更けに」
 そそくさと帯を締めながら、早口にそう訊ねる。
「さっき門のほうで物音がしたでしょう? それで目が覚めちゃって」
 もし盗賊か何かだったら、と不安を口にする少女を安心させるように、敏傍は笑ってみせた。
「大丈夫だ。大方、赤兄がどこかへ出かけて行ったんだろ」
 何でもないことのように、敏傍がこの邸の主の名、つまり常陸の実の父親の名を口に出す。



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血に塗れた靴を履いて

本日の朝議も恙無く終わった。内臣(うちつおみ)である中臣鎌足は席を立ち、帰り支度をしていた。
「内臣」
 席を立った鎌足に、上座から涼やかな声がかかる。
 声の主は葛城皇子。高御座のその次、帝に最も近い位置に座する彼は、日嗣皇子であると同時に帝を凌ぐ権勢で君臨するこの国の主ともいうべき人である。
 葛城は軽やかな身のこなしで席を立つと、鎌足の傍へやって来てその耳へ口を寄せた。目隠しのように笏を立て、囁くような声で鎌足に耳打ちする。
「今宵私の邸へ来い。話がある」
「話とは」
 つられて、鎌足の声も小さくなる。
「右大臣のことだ」
 葛城の言葉に、鎌足は官人共と雑談している右大臣、蘇我倉山田石川麻呂にちらりと目をやった。
「……承知いたしました。それでは今宵、いつもの時間に」
 鎌足がそう答えると、葛城はその切れ長の目を細めて満足げに頷いた。



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酒と泪と主君と臣下

史(不比等)と草壁の頭おかしいギャグ調の話。

 史(ふひと)はパチリと目を開けた。
 昨日あれほど飲んだにしては爽快な目覚めである。
 身体が軽い。まるで何も身に付けていないかのようだ。そう、まるで何も……何も、身に付けていない……?
 史は寝台から身を起こし、おそるおそる自分の身体を見下ろした。
 何物にも覆われていない、程よく筋肉の付いたしなやかな身体。成る程我ながら惚れ惚れする程いい身体である。
 だが問題はそこではない。
 史は年季の入った操り人形のようなぎこちない動きで自分の隣にある不自然な膨らみに向き直った。
 明らかに人が頭から掛布を被って寝ているようにしか見えない膨らみ。ここは(誰のものか不明の)寝台。そして自分は全裸。昨夜の記憶は、泣き上戸の高市皇子が夜半過ぎに突如「十市……!」と言って泣き出したのを適当に慰めた辺りで途切れている。
 嫌な予感しかしない。
 眠れる獅子を起こさぬよう細心の注意を払いながら、史は掛布をめくった。



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