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水月庵

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同じ時を刻む

「主上、この度の行幸、まことに……」
 侍女がかしこまって口上を述べようとするのを、主人の病室から出てきた鎌足の妻、鏡はやんわりと止めた。
「仰々しい挨拶など、今はまどろっこしいだけでしょう。
 葛城さま、どうぞこちらへ」
 現夫の無二の主であり、自身の元夫という複雑きわまりない関係の葛城を、鏡は今でも葛城さま、と親しげに呼ぶ。が、そこに他意はない。
「鎌足の容態は」
「元々体調を崩されていたところに、今回の落馬のお怪我で……。
 もうずっと、熱が下がらないのです」
 言いながら、鏡は病室の扉を開けた。
 中には医師の他、鏡以外の妻である与志古と安見児もいる。
「与志古さん、安見児さん、少しだけこちらへ来てくださる?
 それと先生方も」
 鏡はそう言って、部屋にいる人々に退出を促した。
「それでは葛城さま」
 鏡は葛城に頭を下げた。
「ああ。ありがとう」
「ずっとあなたのことをお待ちでしたのよ」


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時にはゆっくりと

鎌足×中大兄(葛城)

「皇子、クマがすごいですよ」
 夜、鎌足の邸を訪れた葛城皇子があまりにも疲れた様子だったので、鎌足は思わず言ってしまった。
「そんなにすごいか?」
 葛城は苦笑する。
 もともと白皙の整った顔立ちであるだけに、より一層痛々しく見える。

「私と仕事の話をするのも大事ですが、少し休まれては?」
「いやでも昨日休んだばかりだしな……」
「そういえば昨日は早々に仕事を切り上げてお帰りでしたね」
「そうなんだが」
 葛城は俯いて眉間を揉んだ。彼が疲れているときによくする仕草である。
「とりあえず中へどうぞ」
 鎌足に誘われて、葛城は家の中へ入り、勝手知ったる他人の家、とばかりに定位置に腰を落ち着けた。

「皇子、本当に大丈夫ですか」
 話をしている間も、熱心に議論を交わしてはいるものの、時折目を押さえたり、欠伸をかみ殺すような仕草をしていた葛城。
 議論が一段落したところで、鎌足は気遣わしげに問うた。
「ああ、実は昨日はあまり眠れなくてな。宅子のところへ行ったんだが」
 葛城がため息まじりに言う。
 宅子(やかこ)とは、伊賀氏の娘で、葛城の妻の一人である。元は采女であったという経歴から分かるように、宮中でも評判の美女で、その美貌は息子を一人産んだ後も健在だという。
「あ、お楽しみですか」
 茶化すようにニヤニヤ笑う鎌足に、葛城はもう一度深いため息をついた。
「そんなわけないだろ……。
 おまえ、魔の二歳児って言葉、知らないのか。
 二歳男子ってもう獣だぞ」
 なるほど葛城と宅子との間の子、大友は確かに今年二歳になる。
「そんなもんですか? うちの子は特に反抗期なんてなかったですよ」
「それ絶対後から来るぞ。知らないからな、思春期に盗んだ馬で走り出す子になっても」
「ていうかご子息のお世話なら乳母がいるでしょうに。母君の宅子さまだって」
 何も皇太子御自ら育児に参戦しなくても、と言う鎌足に、葛城は遠い目をして笑った。
「もう乳母も宅子もお手上げなんだよ。
 それに大友も、久しぶりに父親に会えたって、もう騒ぐ騒ぐ」

 他愛も無い話をしている間も、葛城は相当辛そうだ。
「皇子、今日は仕事の話はやめましょう」
 鎌足は葛城に近づく。
「え?」
「寝ましょう」
 そう言うと、鎌足は葛城を立たせると、その背中と膝の裏に手を回して抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこである。
「え? おい鎌足」
 いきなり抱き上げられた葛城が、慌てたように目をしばたたかせる。
「重っ」
「何だと?」
「いや、皇子も大人の男ですもんね。いくら細いとはいえ。
 女にするようにはいかないか」
「女にもこういうこと、するのか」
 鎌足の腕の中で、葛城が怒っているような、悲しんでいるような顔をする。
「そりゃ私にも妻だっていますからね」
 何でも無いことのように言う鎌足に、葛城がより一層険しい顔になる。
「拗ねてますか?」
 鎌足はからかうように言った。
「別に」
 先程は自分から育児疲れの話をしていたくせに、やはり葛城は皇子様だけあって、たまにわがままである。

「鎌足、今日は疲れてるから、その……そういうこと、できないぞ」
 一転して申し訳なさそうな表情になる葛城に、鎌足は思わず吹き出した。
「うっせぇ。人を性欲の固まりみたいに言いやがって」
 急にぞんざいな口調になる臣下に、葛城は機嫌を損ねるどころか、どこか嬉しそうだ。
「あ、素の鎌足だ」
「いいから寝るぞ」
「うん」
 まるで少年のような無邪気な笑顔で葛城は頷いた。

 鎌足はお姫様抱っこのまま、葛城を寝室まで連れて行った。
 葛城の身体を寝台の上にそっと下ろし、その隣に自分も横になる。
「ほら腕枕」
 言いながら、葛城のほうに腕を伸ばす。
 葛城は、その腕に遠慮がちに頭を乗せた。
 やがて、静かな寝息が鎌足の耳をくすぐる。
 空いたほうの手で、鎌足は葛城の頬を撫でた。
 そして、心の中で呟く。
 ……くっそ、何なんだよこの可愛い生き物……



 次の日。
「お、今日は皇子様の体調もご機嫌も良さそうだな」
「だな」
 官人達がひそひそと囁き合う。
「あれ、でも何か内臣様の様子が……」
 鎌足は渋い顔で左腕を擦っていた。
 腕枕なんてするもんじゃねぇな、と心の中で呟きながら。

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孫はまだか

蘇我家の食卓

「孫はまだか」
 夕食の席で、いきなり何の脈絡も無く発せられた父、蝦夷の言葉に、入鹿は目を丸くした。
「何だよ親父、薮から棒に。俺はまだ十代だぜ」
「十八だろう? そろそろ子がいてもおかしくない年だ」
「そりゃそうかもしれないけど。まだいいじゃん。正直今は仕事のほうが楽しいっていうか」
「何なんだおまえ。草食系、いや絶食系男子か」
 デザートの蘇を頬張っていた入鹿は、父の言葉に盛大にため息をついた。
「ほっとけ」



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千年先の世界

鎌足×中大兄、鎌足→入鹿

もうすぐこの国は、沈む。
鬼の仕業だと人は言う。

「私は間違っていたのか」
皇子は呟く。
「私はただ、この国を守りたかった」
白い頬を涙が伝う。
「唐にも……どの国にも負けぬ国を作ろうと……。
 日出づるこの倭を担おうと私はずっと走り続けてきた」

どこまでも続く黒い大海原を不知火が漂う。
その光景は、ただひたすらに美しく私の目に映った。

「鎌足、私は間違っていたのか」



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お願い

山背×入鹿

「あなた、山背さま」
 苛ついた様子の女の声。声の主は、私の異母妹であり妻でもある舂米(つきしね)だ。
 脇息に凭れ掛かって外の景色を見るとはなしに見ていた私は、身を起こし、のろのろと妻に向き直った。
「山背さま、どうかご決断を。
 境部磨理勢どのは今、我が弟、泊瀬の邸へ立てこもっております。
 もはや一刻の猶予もありません」
 艶やかな黒髪を一分の隙もなく結い上げ、背筋をピンと伸ばして座る妻は、そう言ってまっすぐに私を見据える。
「おまえは私に謀反人になれと言うのか……」
 力なくそう呟いた私は、妻の目にはさぞ腑抜けに映っていることだろう。



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