2015/09/26 Category : 古代史 時にはゆっくりと 鎌足×中大兄(葛城)「皇子、クマがすごいですよ」 夜、鎌足の邸を訪れた葛城皇子があまりにも疲れた様子だったので、鎌足は思わず言ってしまった。「そんなにすごいか?」 葛城は苦笑する。 もともと白皙の整った顔立ちであるだけに、より一層痛々しく見える。「私と仕事の話をするのも大事ですが、少し休まれては?」「いやでも昨日休んだばかりだしな……」「そういえば昨日は早々に仕事を切り上げてお帰りでしたね」「そうなんだが」 葛城は俯いて眉間を揉んだ。彼が疲れているときによくする仕草である。「とりあえず中へどうぞ」 鎌足に誘われて、葛城は家の中へ入り、勝手知ったる他人の家、とばかりに定位置に腰を落ち着けた。「皇子、本当に大丈夫ですか」 話をしている間も、熱心に議論を交わしてはいるものの、時折目を押さえたり、欠伸をかみ殺すような仕草をしていた葛城。 議論が一段落したところで、鎌足は気遣わしげに問うた。「ああ、実は昨日はあまり眠れなくてな。宅子のところへ行ったんだが」 葛城がため息まじりに言う。 宅子(やかこ)とは、伊賀氏の娘で、葛城の妻の一人である。元は采女であったという経歴から分かるように、宮中でも評判の美女で、その美貌は息子を一人産んだ後も健在だという。「あ、お楽しみですか」 茶化すようにニヤニヤ笑う鎌足に、葛城はもう一度深いため息をついた。「そんなわけないだろ……。 おまえ、魔の二歳児って言葉、知らないのか。 二歳男子ってもう獣だぞ」 なるほど葛城と宅子との間の子、大友は確かに今年二歳になる。「そんなもんですか? うちの子は特に反抗期なんてなかったですよ」「それ絶対後から来るぞ。知らないからな、思春期に盗んだ馬で走り出す子になっても」「ていうかご子息のお世話なら乳母がいるでしょうに。母君の宅子さまだって」 何も皇太子御自ら育児に参戦しなくても、と言う鎌足に、葛城は遠い目をして笑った。「もう乳母も宅子もお手上げなんだよ。 それに大友も、久しぶりに父親に会えたって、もう騒ぐ騒ぐ」 他愛も無い話をしている間も、葛城は相当辛そうだ。「皇子、今日は仕事の話はやめましょう」 鎌足は葛城に近づく。「え?」「寝ましょう」 そう言うと、鎌足は葛城を立たせると、その背中と膝の裏に手を回して抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこである。「え? おい鎌足」 いきなり抱き上げられた葛城が、慌てたように目をしばたたかせる。「重っ」「何だと?」「いや、皇子も大人の男ですもんね。いくら細いとはいえ。 女にするようにはいかないか」「女にもこういうこと、するのか」 鎌足の腕の中で、葛城が怒っているような、悲しんでいるような顔をする。「そりゃ私にも妻だっていますからね」 何でも無いことのように言う鎌足に、葛城がより一層険しい顔になる。「拗ねてますか?」 鎌足はからかうように言った。「別に」 先程は自分から育児疲れの話をしていたくせに、やはり葛城は皇子様だけあって、たまにわがままである。「鎌足、今日は疲れてるから、その……そういうこと、できないぞ」 一転して申し訳なさそうな表情になる葛城に、鎌足は思わず吹き出した。「うっせぇ。人を性欲の固まりみたいに言いやがって」 急にぞんざいな口調になる臣下に、葛城は機嫌を損ねるどころか、どこか嬉しそうだ。「あ、素の鎌足だ」「いいから寝るぞ」「うん」 まるで少年のような無邪気な笑顔で葛城は頷いた。 鎌足はお姫様抱っこのまま、葛城を寝室まで連れて行った。 葛城の身体を寝台の上にそっと下ろし、その隣に自分も横になる。「ほら腕枕」 言いながら、葛城のほうに腕を伸ばす。 葛城は、その腕に遠慮がちに頭を乗せた。 やがて、静かな寝息が鎌足の耳をくすぐる。 空いたほうの手で、鎌足は葛城の頬を撫でた。 そして、心の中で呟く。 ……くっそ、何なんだよこの可愛い生き物……* 次の日。「お、今日は皇子様の体調もご機嫌も良さそうだな」「だな」 官人達がひそひそと囁き合う。「あれ、でも何か内臣様の様子が……」 鎌足は渋い顔で左腕を擦っていた。 腕枕なんてするもんじゃねぇな、と心の中で呟きながら。 [2回]PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword