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水月庵

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弟くんの秘密



将軍×副将軍前提の紀州初代×副将軍


 朝方、自分の邸へと戻った頼房は、出迎えた使用人に兄の頼宣が来ていると聞いて慌てて自室へと足を運んだ。
 そっと襖を開けると、ごろりと寝転がってまるで自分の邸のように寛いでいる兄の姿があった。

「江戸へ着いて真っ先に可愛い弟のところへ駆けつけてみれば朝帰りとは。いいご身分だな、鶴千代」
「……前もって知らせてくれればちゃんと待って……いや、こちらから出向いたのに」
 頭上でひとつに束ねた長い髪を揺らし、鶴千代こと頼房が兄の傍らに腰を下ろす。
 頼宣はむくりと身体を起こし、仏頂面の弟の腕を掴むとぐいっと自分のほうへ引き寄せた。
 均衡を崩し、頼房は兄の厚い胸板へ倒れこむ。
 頼宣は空いた手で弟の長い髪を払い、露わになった首筋に鼻先を寄せた。
「湯の匂いがする」
 昨夜はお楽しみでしたね、と揶揄するように言われ、頼房はさっと顔を赤らめた。そして、頼宣の胸を押してその腕の中から這い出ようとする。
「久しぶりに会うお兄ちゃんに対して随分とつれないじゃないか。何か俺に隠しごとでもあるのか?」






 言われて、そんなものはないと慌てて首を横に振る。
 実のところ、頼房はこの同母の兄に対して二つ隠しごとがある。
 間もなく兄が紀州から江戸へ参勤してくると聞いても積極的に会おうとしなかったのは、その隠しごとを知られたくなかったからだ。
「別に隠しごとなんてないからいい加減離れて」
 そう言って頼宣を押し返そうとするが、少し力を入れたくらいでは兄の身体はびくともしない。身長こそ最近頼房が追い抜いたが、まだまだ力では敵わないらしい。

「さっきまでどこにいた? 吉原にでもしけこんでいたか、それとも」
 弟を抱きすくめたまま、頼宣が言う。
「竹千代の、いやもう竹千代なんて呼べねえな、上様の寝所か」
 頼宣の腕の中で、頼房は身を固くした。
「なんだ、隠しごとってそれだったのか? とっくに知ってるぜ、おまえが竹千代といい仲だってことくらい。
 秀忠兄上の嫡子だってだけで将軍になりやがったあの鈍臭いクソガキを俺も義直兄上も嫌っていたのに、おまえだけは妙に優しかったからな」
 知られていたのか。
 湯上りの身体が急に冷めたような気がした。
 一つ年下の甥と睦み合う関係だということ。それが、兄への一つ目の隠しごとだ。
 頼宣の骨ばった手が、着物の合わせ目からするりと入ってきた。
「何を」
 兄の手を掴んで引き抜こうとするが、弟の抵抗など物ともせずに頼宣は弟の平らな胸をまさぐり、そこにある小さな突起を探り当てた。
 びくりと頼房が身を震わせる。
「ちょっと触っただけでこのざまか」
 与えられた刺激に応えて固く尖る小さな乳首を撫で回しながら、頼宣は笑う。
「昨日も随分可愛がってもらったみたいだなぁ、え?鶴千代」
 たまらず、頼房は渾身の力で兄を突き飛ばした。
 さすがに体勢を崩して頼宣が後ろに手をつく。
「いい加減にしてくれ! それが何だってんだ! 俺が竹千代とそういう仲で何か兄さんが困ることでもあるのか!?」
 着物の襟を押さえながら、感情に任せて怒鳴る弟を見やりつつ、手をついたまま頼宣はにやっと笑った。

「別に何もないさ。むしろ好都合だ」
 兄の言葉に、は? と頼房がその猫目をまん丸に見開く。
 薄笑いを浮かべたまま、頼宣は言葉を続けた。
「おまえにはぜひそのままクソガキ、いや上様のご寵愛を独り占めしていてほしいものだ。
 あいつがおまえの体に溺れている間は奴に子はできない」
 頼房は兄が言わんとしていることを悟った。
 将軍たる竹千代こと家光に子ができなければ、徳川宗家の直系は途絶え、頼宣、頼房、そして二人の異母兄である尾張の義直のうちの誰か、あるいはその子息が跡を襲うことになろう。
 そして、尾張の義直には未だ男児がいない。
「天下はこの俺がもらう」
 男らしく太い眉の下の、くっきりとした大きな目をぎらつかせ、頼宣は言った。

「何を馬鹿なことを」
 頼房は兄の言葉を鼻で笑った。
「確かに竹千代にも尾張の兄上にも子はいないけど、兄さんにだっていないじゃないか。
 それに、竹千代にはもうすぐ鷹司家のお姫様が嫁ぐんだぞ。お世継ぎだってすぐにできるさ」
「わからねえ奴だな」
 頼宣はゆっくりと立ち上がった。頼房に迫り、彼を壁際まで追い詰めたところで、どんと壁に手をつく。
「だからおまえに、あいつを繋ぎとめておけって言ってるんだろう。その顔と体でな」
 頼房は眉を顰め、兄から目を逸らした。

 晩年の子は可愛いというが、彼らの父である東照大権現もまたそうであったらしく、頼宣と頼房と義直は幼い頃より厚く遇されてきた。
 だがいかんせん、生まれてくるのが遅すぎた。
 三人が長じた頃、世は平らかになり、戦もなく、そして天下人の地位を継いでゆくのも今は大御所となっている異母兄、秀忠の血筋と決まっていた。
 将軍家に次ぐ地位と名誉を与えられてはいても、もはや天下を手に入れることなど望むべくもない。
 十を少し過ぎたばかりの、そのような事情を薄らと理解し始めた頃、頼房はまだ存命だった父親に、天守閣から飛び降りてみせるから天下をくれと言ったことがある。
 そのときの父親の、困惑と憐憫が綯い交ぜになった表情をぼんやりと思い出した。

 頼房はもう一度兄に視線を戻し、その目を見つめた。
 尚も天下への渇望を捨てきれぬ、野心に光る瞳。
 可哀想だな、と少しだけ思った。
 と同時に、二つ目の隠しごとだけは絶対にこの兄にも、そして尾張の異母兄にも知られてはいけないと気持ちを引き締める。
 義直にも頼宣にも未だ子はいない。
 だが実は、頼房には子が一人いる。
 相手は頼房に仕える奥女中の娘で、頼房より一つ年下の、お久という名の娘だ。
 奥女中である母親に従って屋敷に出入りする彼女と何度も顔を合わせるうちに恋仲となり、自然の流れで彼女は身ごもった。
 そして幸か不幸か、お久が産み落としたのは男児だった。
 将軍家と御三家、将軍の地位を継承する資格を有する家の中で一番最初に生まれた男児である。
 自身にとってもはじめての子となるその男児を、頼房は手放すことに決めた。
 格下である己が一番最初に男児を挙げることを尾張と紀州の兄達は決して許しはすまい。
 そして家光も。情人である頼房が女と交わって子を成したと知れば、気性が激しく独占欲も強い彼が烈火の如く怒り狂うのは明らかだった。
 知られればきっと、頼房もお久も、そして生まれたばかりの我が子もただではすまないだろう。
 だから、せっかく生まれた我が子を一度も抱くことなく、信の置ける家臣に託した。もしものときは江戸を離れて京で養育できるよう算段もつけた。
 ともかく、竹丸と名付けたその子の存在を兄達や家光には絶対に隠し通さなければならない。

 内心を押し隠し、頼房は兄の目を見つめたまま口角を吊り上げた。
「そこまで言うなら、こんなところに来ていないでさっさと子作りでもしに行ったらどうだ。
それとも可愛い弟と戯れるのがそんなに楽しいか、愛しのお兄様?」
 弟の皮肉を、兄はハッと鼻で笑う。
「口の減らねえ奴だ。ぜひそうさせてもらうぜ、男のケツになんか興味はないんでね、可愛い弟よ。
 おまえはせいぜい将軍のアレでもしゃぶってろ」
 言い捨てて、頼宣は弟の部屋を後にした。



「ってことがあったんだよ、昔」
 呂律の回らない口調で頼宣が言った。
 あれから十六年後、頼房の長子である松平頼重の下館藩主就任祝いの宴の席である。もう宴も終わりかけとあって人もまばらで、床に転がって寝息を立てている者もちらほらいる。
 様々な思惑により出生を秘された竹丸は、水戸家の世子になることこそ叶わなかったものの、この度下館藩五万石を与えられ、晴れて大名となった。そして、父から一字を貰い頼重と名を改めた。
 十六年前、天下への野心に目をぎらつかせていた頼宣は酔っ払い特有のとろんとした目で頼重に寄りかかり、彼の手を頻りに撫で回している。
「にしても竹丸がこんなに可愛いんだったら頼房も妙なことをせずに早く会わせてくれれば良かったのになぁ」
 頼重の手を撫で回すのはそのままに、口を蛸のようにして彼に迫る。

「やめろ気持ち悪い!」
 頼重は伯父の手を振り払い、その勢いのまま茹で蛸の頬を平手で叩いた。
「ひどい! 親父にもぶたれたことないのに!」
 打たれた頬を押さえ、頼宣が過剰に痛がって見せる。
「何だよ、優しい伯父様が竹丸もちゃんと望まれて生まれた子供なんだよって話をしてやったのに」
「よう言うわ。良う聞いたら肝心のその親父の心の声の部分は全部伯父上の妄想やないか」
「そんなことはないぞ。俺は頼房の同父同母の兄だからあいつの考えていることは全てわかる。
 あ、でもそれでもあいつを許せないなら俺の子になるか? 竹丸が俺の愛を受け入れてくれるなら妻とは別れる」
「気持ち悪い!」
 妙にきりっとした顔を作って薄ら寒いことを言う伯父に、頼重はもう一発平手を、今度は先程とは反対側の頬に容赦なく打ち込んだ。
 しこたま飲んでいた頼宣はあっけなく倒れ、動かなくなった。ややあって、呑気ないびきが聞こえてくる。

 頼重は右手で額を押さえ、深いため息をついた。
「父が乳揉まれた話を聞かされて、俺はこういうときどんな顔したらええねん……」
 しかも自分の藩主就任祝いの宴の席で。
 ちょうどそのとき、先に寝んでいたはずの十一歳になる同母弟、光国がひょっこりと姿を見せた。
 兄の独り言を聞いた光国が親指をぐっと立てて言う。
「笑えば……いいと思うよ……!」

 こいつ投げ飛ばしてやろうか。
 そう思い、ゆらりと立ち上がると横たわる伯父を蹴飛ばしつつ弟に近づき、その首根っこを掴む。
 が、兄に構われて嬉しいのかキャッキャとはしゃいでいる光国に何となく毒気を抜かれてしまった。
 そもそも、八つ当たりだ。
 思い直した頼重は、よいしょと弟を抱き上げた。
「もう寝るで」
 抱え上げた弟は、もうかなりずっしりと重かった。

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