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水月庵

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陶工のミューズ




今回の頼重様は受け。

 その少年の出で立ちを見るなり、森島作兵衛は目を丸くして固まった。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返す作兵衛に、十やそこらの少年は首を傾げた。
「おっちゃんどうしたん?」
 きゅっと上がった口角から声変わり前の可愛らしい声が漏れる。
「おっちゃんはないやろ、俺はまだ二十九……、いや君くらいの歳の子から見たらもうおっちゃんか……。
 というか、そうやなくてやな、自分その肩に担いでるもんは何なん」
 作兵衛は少年が肩に担ぐようにして持っているそれを指差した。
 ああこれ? と悪びれる様子もなく少年は言う。
「鳥やで。裏の山で猟ってん。これから捌いて焼いて食べるねん」


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綺麗なお姉さんは好きですか


 かの紀州の空や海にも似て、明るく天真爛漫な子供。
 自分で言うのも何だが、私はそういう子供であったらしい。
 そのように評してもらえるのは嬉しい。悪い気はしない。
 本心からそう思ってはいるのだが、そもそも私は江戸生まれ江戸育ちで己の領国であるところの紀州を一度も見たことはなかったし、それに。



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秘密




備中松山主従です。従出ないけど。


『山だしが 何のお役に 立つものか 子曰はくの やうな元締』
 近頃備中松山に流行る狂歌である。
「ええい忌まわしい!」
 御殿へ上がる道すがら、道路脇の木にくくりつけられていたその狂歌を書いた紙をぐしゃぐしゃと握りつぶしつつ、三島貞一郎が舌打ちをした。
「落ち着けよ。この門をくぐったら御殿──敵地だ」
 言動に気を付けろ、と、彼と連れ立って歩く兄弟子がやんわりと貞一郎を制する。
「昌一郎どの。あなたは悔しくないのですか。城の連中は先生を何だと思ってやがる」
 なおもいきり立つ貞一郎に、昌一郎という名の太めの男ははぁ、とため息をついた。
「悔しいに決まってるだろう。先生はあんな連中に中傷されるようなお人ではない。……が、先生の弟子である俺達がみっともなく騒いでどうする。ますます先生の顔に泥を塗ることになるぞ。
 だからほら、背筋を伸ばせ。襟を整えろ」
 言いながら昌一郎は弟分の襟に丸くふくよかな手を伸ばし、その袷を軽く整えてやった。
 十九歳の三島貞一郎と二十九歳の村上昌一郎はともに、国一番の秀才と名高い山田安五郎の私塾で学ぶ才子である。
 入門してからこのかた、師の教えを少しでも多く吸収しようと切磋琢磨する毎日を送ってきたのだが、この度その日常を一変させる出来事が起こった。


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一瞬の永遠


幕末の備中松山藩の2人に突如はまったので書きました。
藩主勝静ちゃんとその師で腹心の山田安五郎(方谷)先生の話。



 秋の空はどこまでも高い。
 霧深き備中松山も、今日ばかりは抜けるような晴天だった。まるで、藩のこれからを寿ぐように。
 河原にはその天を貫くばかりに紙の束がうず高く積まれていた。
 その周囲を大勢の領民がぐるりと取り囲み、前代未聞の見世物の始まりを固唾を飲んで今か今かと待っている。
 川面には大きな船が浮かべられ、そこには藩主板倉勝静が乗っていた。
 赤い毛氈の上に置かれた椅子に腰掛け、日除けの傘の下でじっと目を閉じている。
 紙の束を積み終えた家臣は、船上の藩主の傍に控える壮年の男に大振りな動作で合図をした。
 準備が終わったことを知るや、壮年の男は藩主に問うた。
「殿、よろしゅうございますか」
 勝静が静かに目を開く。
 スッと男に視線を流し、微笑んだ。
「どうぞ。合図は先生が」
 促され、男は紙の束と民草の方へと向き直った。
 手を挙げる。
「火を放て」
 低い声が河原に響いた。



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雷雨が永遠なら

ひどい雨は夜になっても続いていた。
 時折空が激しく光り、ややあって全身を揺さぶられるような轟音がズドンと響く。
 普段は四季折々に花が咲き乱れ、まるで桃源郷のような美しさでそこにいる人々を楽しませてくれるここ小石川邸の庭も、今日は折からの豪雨に花は折れ、地面は水浸しで美しい面影はもはや見る影もない。
 また空が光った。
 轟音が邸を揺るがす。

「邸に落ちないといいけど」
 小石川邸の子供部屋では、水戸家の世子である七歳の千代松がそう言って障子を少し開け、部屋の外を心配そうに眺めていた。



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