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水月庵

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玉虫色の笑み




うちの大海人は入鹿の息子っていう特殊設定です。悪しからず。


 その日は父に勉強を見てもらう約束をしていた。
 昼過ぎには戻るからと微笑んだ父。それが、俺と父の最後の会話になった。
 頭を撫でようと伸ばされた父の細い手を、もう子供ではないのだからと振り払ったことをどれほど悔いたことだろう。

「大海人様、あなたはここからお逃げください」
 宮中から送り返されてきた父の遺体を安置した部屋で、祖父……蘇我蝦夷が言った。
 父、入鹿の遺体に掛けられた筵をめくろうとした俺の手を、見ないほうがいい、と押しとどめ、祖父は尚も言う。
「あなたは確かに入鹿の子だが、同時に宝大王様の御子でもあり、……葛城皇子の異父弟でもある。
 その血筋を利用してどうか……どうか生き延びてください。
 あなたさえ生きていれば少しは……」
 声を詰まらせ、祖父が筵を愛おしげに撫でる。
 何度も何度も筵を、いや愛する息子の遺体を撫でながら、震える声で祖父は言った。
「少しは、これも救われましょう」



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丘に風が吹く






6月12日、乙巳の変によせて。





 息を弾ませながら長い坂道を登る。
「はは、運動不足じゃねえの?」
 馬上のその人はそう言って軽やかに笑った。俺を見下ろすその可愛い顔が今は憎らしい。顔の輪郭を伝って顎に流れる汗を手の甲で拭いながら、俺は彼を睨みつけた。
「あなたはいいですね。涼しい顔で馬に揺られて」
 俺も乗せてくださいよ、と冗談まじりに言えば、彼は意外にも、素直に手を差し伸べてきた。
 その手を取り、彼の後ろに乗り込む。薫香が鼻腔をくすぐった。どうせ唐渡りの高価な香でも使っているのだろう。何せ彼は、権勢並ぶものなき蘇我本宗家の当主、蘇我鞍作入鹿様だ。
 後ろに乗る俺にもたれかかりながら、入鹿様はゆっくりと馬を歩かせていた。



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天帝と天相

あれは恵美押勝の乱が終結した直後。山部王が初めて朝廷から官位を賜る運びとなり、住み慣れた山背国乙訓里を離れて上京してすぐのことだった。

 頼りない明かりに導かれて、山部は前を行く雄田麻呂の後を必死に追いかける。夜とはいえ暑い夏のこと。首筋にうっすらと滲んだ汗を手の甲で拭いながら、山部は問いかけた。
「一体どこまで行くんだ。もう都を抜けて随分歩いた……」
 雄田麻呂が持つ松明のほかには明かり一つない暗い山道。
「少し足元が悪くなってきましたね」
 そう言って雄田麻呂は松明を持っているのとは逆の手を山部に差し出した。
 その掌の上に当たり前のように自分の手を重ねながら、山部が言う。
「急に星を見に行こうなんてどうしたんだ。おまえらしくもなく情緒的だな」
「そうですか? 貴方に対してはいつも情緒的なつもりなのですが」
 すました顔でそう言い、雄田麻呂は山部の手を少し力を入れて握った。



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机上の空論

長屋王の変の話。

 左大臣として栄華の絶頂にいたはずの私は、左道でもって皇太子を呪い殺し国家転覆を図ったなどという馬鹿げた容疑で朝廷の窮問を受けることになった。要するに、私は藤原の者共との権力争いに負けたのである。
 その事実を頭では分かっているのだがどうにも理解が追いつかず、我が邸が兵士に取り囲まれる様をまるで夢の中の出来事のように見ていた。
 だが、窮問使達を率いてあの男が姿を見せた瞬間、それは突如として現実味を帯びて私の胸に迫った。

 一品知太政官事、舎人親王。
 私が侮り、妬み、敬した男。



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