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水月庵

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手を重ねる

有間皇子の変あたりのときの赤兄と敏傍

 すっかり冷え込むようになった霜月の三日のこと。
 門が開閉する音を、蘇我敏傍は褥の中でぼんやり聞いていた。ややあって、今夜は開くはずのない寝台の帳がゆらりと揺らいだ。驚いて飛び起きる。
「うわっ……、何だ、常陸か」
 毎日顔を突き合わせているおなじみの少女の顔に、ほっと胸を撫で下ろす。と同時に、慌てて少女に背を向けて、枕辺に置いてあった上着を羽織った。

「常陸ですよ、お義父様。……どうして何も着てらっしゃらないの?」
 常陸と呼ばれた少女が小首をかしげる。
「俺は寝る時は何も着ない主義だ。それよりもどうしたんだ、こんな夜更けに」
 そそくさと帯を締めながら、早口にそう訊ねる。
「さっき門のほうで物音がしたでしょう? それで目が覚めちゃって」
 もし盗賊か何かだったら、と不安を口にする少女を安心させるように、敏傍は笑ってみせた。
「大丈夫だ。大方、赤兄がどこかへ出かけて行ったんだろ」
 何でもないことのように、敏傍がこの邸の主の名、つまり常陸の実の父親の名を口に出す。



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血に塗れた靴を履いて

本日の朝議も恙無く終わった。内臣(うちつおみ)である中臣鎌足は席を立ち、帰り支度をしていた。
「内臣」
 席を立った鎌足に、上座から涼やかな声がかかる。
 声の主は葛城皇子。高御座のその次、帝に最も近い位置に座する彼は、日嗣皇子であると同時に帝を凌ぐ権勢で君臨するこの国の主ともいうべき人である。
 葛城は軽やかな身のこなしで席を立つと、鎌足の傍へやって来てその耳へ口を寄せた。目隠しのように笏を立て、囁くような声で鎌足に耳打ちする。
「今宵私の邸へ来い。話がある」
「話とは」
 つられて、鎌足の声も小さくなる。
「右大臣のことだ」
 葛城の言葉に、鎌足は官人共と雑談している右大臣、蘇我倉山田石川麻呂にちらりと目をやった。
「……承知いたしました。それでは今宵、いつもの時間に」
 鎌足がそう答えると、葛城はその切れ長の目を細めて満足げに頷いた。



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酒と泪と主君と臣下

史(不比等)と草壁の頭おかしいギャグ調の話。

 史(ふひと)はパチリと目を開けた。
 昨日あれほど飲んだにしては爽快な目覚めである。
 身体が軽い。まるで何も身に付けていないかのようだ。そう、まるで何も……何も、身に付けていない……?
 史は寝台から身を起こし、おそるおそる自分の身体を見下ろした。
 何物にも覆われていない、程よく筋肉の付いたしなやかな身体。成る程我ながら惚れ惚れする程いい身体である。
 だが問題はそこではない。
 史は年季の入った操り人形のようなぎこちない動きで自分の隣にある不自然な膨らみに向き直った。
 明らかに人が頭から掛布を被って寝ているようにしか見えない膨らみ。ここは(誰のものか不明の)寝台。そして自分は全裸。昨夜の記憶は、泣き上戸の高市皇子が夜半過ぎに突如「十市……!」と言って泣き出したのを適当に慰めた辺りで途切れている。
 嫌な予感しかしない。
 眠れる獅子を起こさぬよう細心の注意を払いながら、史は掛布をめくった。



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唯一の人

突如受信してしまった捏造カップルの話。蘇我の分家の赤兄×宗家の次男で入鹿の弟、敏傍(としかた/物部大臣とも)の話です。

 気づけば、いつもその人を目で追っていた。
 皆は彼のことを蘇我入鹿の生き写しだという。
 確かに彼は入鹿さまの弟だから容姿が似通っていても何ら不思議はない。それに、透き通った大きな目、細い鼻梁、と特徴をひとつひとつ挙げていけば確かに生き写しだ。
 だが、初めて会ったときから私にとっては彼がたったひとりの人だった。
 誰かに似ているだとか、そのような観点で彼を見たことは一度もない。
 男同士で恋だの愛だのといった感情はよく分からないが、私は彼が死ねと言ったら喜んで死ぬくらいには彼……蘇我敏傍(そがのとしかた)が好きだ。



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妄想系男子の初夜未遂

「なかなか良いお家じゃない」
 新しい邸を一通り見回った母、五百重娘(いおえのいらつめ)がはしゃいだ声を上げる。
 俺、新田部親王はこの度目出たく加冠の儀を済ませ、大人の仲間入りをした。それに伴って住み慣れた大原の邸を離れ、新しい邸を構えた。
 そして今日、母と弟の麻呂を招いて邸のお披露目会をしているわけである。
 母は少女のようにはしゃぎながら、邸中のあらゆる部屋を開けて回っている。
 麻呂はといえば、高速ハイハイで真新しい邸を這い回り、隙あらば壁に落書きをしようとする。
 勘弁してくれ。
 墨は取れないんだ。

「新田部の成長は嬉しいけど、でもちょっと寂しくなるわね」
 ようやく居間に腰を落ち着けた母が少しだけしんみりとした口調で言う。
「いやいや、あれがいりゃ寂しくないでしょ」
 俺がそう言って顎で麻呂を指し示すと、母はふふっと笑った。



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