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水月庵

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同じ時を刻む

「主上、この度の行幸、まことに……」
 侍女がかしこまって口上を述べようとするのを、主人の病室から出てきた鎌足の妻、鏡はやんわりと止めた。
「仰々しい挨拶など、今はまどろっこしいだけでしょう。
 葛城さま、どうぞこちらへ」
 現夫の無二の主であり、自身の元夫という複雑きわまりない関係の葛城を、鏡は今でも葛城さま、と親しげに呼ぶ。が、そこに他意はない。
「鎌足の容態は」
「元々体調を崩されていたところに、今回の落馬のお怪我で……。
 もうずっと、熱が下がらないのです」
 言いながら、鏡は病室の扉を開けた。
 中には医師の他、鏡以外の妻である与志古と安見児もいる。
「与志古さん、安見児さん、少しだけこちらへ来てくださる?
 それと先生方も」
 鏡はそう言って、部屋にいる人々に退出を促した。
「それでは葛城さま」
 鏡は葛城に頭を下げた。
「ああ。ありがとう」
「ずっとあなたのことをお待ちでしたのよ」


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燦國恋歌 第2章

ふぅ。
息をつき、俺は帚を持つ手を止めた。
じっとりと額にしみ出してきた汗を帚を持っていないほうの、手の甲で拭う。
……暑い。

俺が燦へ異世界トリップしてから今日で丸一ヶ月。
季節は微妙に秋へと移り変わっているものの、まだまだ暑い。

この燦って国は、気候は日本と似ているようだ。
四季がある。
梅雨もあるらしいし、もうすぐしたら台風もやってくるそうだ。
そして、残暑が厳しい。

本当、勘弁してくれよこの蒸し暑さ。
思いながら、俺はまだまだギラギラしている太陽を目を細めつつ仰いだ。

俺は今、薪を割ったり皇宮の庭の掃き掃除をしたりと、まぁ有り体に言えば召し使いって奴をやってる。
皇宮にいるつもりなら働け、とあの美しい玲慶陛下、の弟である煌仙さんが言ったからだ。

ちなみに、陛下とは最初に会った時以来全然会えていない。
まあ召し使いと皇帝じゃ滅多に会うこともないんだろうが。
たまには会いてぇな……なんて思ったり。

「ちょっと」

声が聞こえた。
でも、多分呼ばれてるのは俺じゃないだろう。
そう思って気にせず掃除を実行していると、また呼ばれた。

「ちょっとそこの格好いいお兄さん!」

くるり。反射的に俺は振り返った。
現金だね俺も。



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燦國恋歌 第1章

あれ、なんかふわふわする……。

ゆっくり開けた俺の目に映ったのは、吊り灯籠。
しかもなんか金とかで装飾された、やたら豪華な。

…なぜ灯籠?
俺、海辺にいたんだよな?
また夢でも見てんのか?

俺はもう一回目を瞑った。

相変わらず背中にはふわふわした感触。

多分この背中のふわふわした感触、これは布団だろう。
しかもこの肌触りは絹。

掛け布団はたぶん羽毛布団。

肌触りも寝心地も最高だ。

今髪が濡れてるんだが、濡れた髪が直接枕カバーに付かないように、枕の上にはタオルのような布を敷いてくれている。

寝心地最高……って、そうじゃなくて!

何で俺、寝てんの?
しかもこんな高級寝具、持ってないし、合宿所にもこんないいものはなかった。

大体、ここどこなんだよ?!

目だけを動かして周りを見ると、朱塗りの柱が目に入った。
吊り灯籠といい、調度類といい、何か中華風だ。
しかも、古代中国風。

俺はぎゅーっとほっぺたを抓ってみた。
……痛い。

目、覚めねーよ。

とかなんとかやっていると、目の前の大きな扉が開いて男の人が一人入ってきた。
タオル状の布で、濡れた長い黒髪を拭きながら。

人が来たのに悠々と寝てるのも失礼かなと思い、俺は身を起こす。

「ん……?」
俺は目に飛び込んできたその人の姿に違和感を覚えた。

男のくせに、とても綺麗な人だった。
きめの細かい象牙色の肌に、やや吊り気味の切れ長の目。

アジアンビューティー。
まさにそんな感じ。

年は俺より五歳ほど上、二十代前半、といったところだろうか。
で、身長はたぶん俺よりは低いが、低身長でもない。
170ちょいくらいかな。

……って、そうじゃなくて!
そう、問題はその年齢や身長、そして美しい顔ではなく、服だ。

だって、この人の服……。

これとよく似たものを、世界史の資料集で見たことがある。
なんか、水墨画とかに描かれている仙人的な感じ。

……マジでここ、どこだよ?
日本……だよな?

なんかもう俺、泣きたくなってきた。


そんな俺の様子に気づいた先程の人が、髪を拭いていたタオルをその辺に置き、慌てて駆け寄ってきてくれる。

「どうした、どこか痛いのか?」
その人は耳に心地よい、柔らかい声をしていた。

彼は、俺の隣に腰を下ろし、俺の背中を撫でてくれた。
よしよしって、まるで弟や子供にするように。
大丈夫だって言ってくれるかのように。

何が起こったか分からないこの状況は変わらない。
変わらないんだけどさ。
なんか、そうやってあやされてる(?)と不思議なことに不安がなくなってきた。



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時にはゆっくりと

鎌足×中大兄(葛城)

「皇子、クマがすごいですよ」
 夜、鎌足の邸を訪れた葛城皇子があまりにも疲れた様子だったので、鎌足は思わず言ってしまった。
「そんなにすごいか?」
 葛城は苦笑する。
 もともと白皙の整った顔立ちであるだけに、より一層痛々しく見える。

「私と仕事の話をするのも大事ですが、少し休まれては?」
「いやでも昨日休んだばかりだしな……」
「そういえば昨日は早々に仕事を切り上げてお帰りでしたね」
「そうなんだが」
 葛城は俯いて眉間を揉んだ。彼が疲れているときによくする仕草である。
「とりあえず中へどうぞ」
 鎌足に誘われて、葛城は家の中へ入り、勝手知ったる他人の家、とばかりに定位置に腰を落ち着けた。

「皇子、本当に大丈夫ですか」
 話をしている間も、熱心に議論を交わしてはいるものの、時折目を押さえたり、欠伸をかみ殺すような仕草をしていた葛城。
 議論が一段落したところで、鎌足は気遣わしげに問うた。
「ああ、実は昨日はあまり眠れなくてな。宅子のところへ行ったんだが」
 葛城がため息まじりに言う。
 宅子(やかこ)とは、伊賀氏の娘で、葛城の妻の一人である。元は采女であったという経歴から分かるように、宮中でも評判の美女で、その美貌は息子を一人産んだ後も健在だという。
「あ、お楽しみですか」
 茶化すようにニヤニヤ笑う鎌足に、葛城はもう一度深いため息をついた。
「そんなわけないだろ……。
 おまえ、魔の二歳児って言葉、知らないのか。
 二歳男子ってもう獣だぞ」
 なるほど葛城と宅子との間の子、大友は確かに今年二歳になる。
「そんなもんですか? うちの子は特に反抗期なんてなかったですよ」
「それ絶対後から来るぞ。知らないからな、思春期に盗んだ馬で走り出す子になっても」
「ていうかご子息のお世話なら乳母がいるでしょうに。母君の宅子さまだって」
 何も皇太子御自ら育児に参戦しなくても、と言う鎌足に、葛城は遠い目をして笑った。
「もう乳母も宅子もお手上げなんだよ。
 それに大友も、久しぶりに父親に会えたって、もう騒ぐ騒ぐ」

 他愛も無い話をしている間も、葛城は相当辛そうだ。
「皇子、今日は仕事の話はやめましょう」
 鎌足は葛城に近づく。
「え?」
「寝ましょう」
 そう言うと、鎌足は葛城を立たせると、その背中と膝の裏に手を回して抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこである。
「え? おい鎌足」
 いきなり抱き上げられた葛城が、慌てたように目をしばたたかせる。
「重っ」
「何だと?」
「いや、皇子も大人の男ですもんね。いくら細いとはいえ。
 女にするようにはいかないか」
「女にもこういうこと、するのか」
 鎌足の腕の中で、葛城が怒っているような、悲しんでいるような顔をする。
「そりゃ私にも妻だっていますからね」
 何でも無いことのように言う鎌足に、葛城がより一層険しい顔になる。
「拗ねてますか?」
 鎌足はからかうように言った。
「別に」
 先程は自分から育児疲れの話をしていたくせに、やはり葛城は皇子様だけあって、たまにわがままである。

「鎌足、今日は疲れてるから、その……そういうこと、できないぞ」
 一転して申し訳なさそうな表情になる葛城に、鎌足は思わず吹き出した。
「うっせぇ。人を性欲の固まりみたいに言いやがって」
 急にぞんざいな口調になる臣下に、葛城は機嫌を損ねるどころか、どこか嬉しそうだ。
「あ、素の鎌足だ」
「いいから寝るぞ」
「うん」
 まるで少年のような無邪気な笑顔で葛城は頷いた。

 鎌足はお姫様抱っこのまま、葛城を寝室まで連れて行った。
 葛城の身体を寝台の上にそっと下ろし、その隣に自分も横になる。
「ほら腕枕」
 言いながら、葛城のほうに腕を伸ばす。
 葛城は、その腕に遠慮がちに頭を乗せた。
 やがて、静かな寝息が鎌足の耳をくすぐる。
 空いたほうの手で、鎌足は葛城の頬を撫でた。
 そして、心の中で呟く。
 ……くっそ、何なんだよこの可愛い生き物……



 次の日。
「お、今日は皇子様の体調もご機嫌も良さそうだな」
「だな」
 官人達がひそひそと囁き合う。
「あれ、でも何か内臣様の様子が……」
 鎌足は渋い顔で左腕を擦っていた。
 腕枕なんてするもんじゃねぇな、と心の中で呟きながら。

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お……お久しぶりです

大っ変ご無沙汰しております……!
数年のときを経て、しれっと戻ってまいりました。

戻って来ついでに、携帯サイトの内容もPCサイトの内容も、このブログに集約してみました。
うわぁ更新がしやすい!笑
ちゃんとしたサイトにしてデザインにこだわったりとかしたくなくはないのですが、やっぱりラクさには勝てませんね。

さて、このブログを盛んに更新していたときはまだピッチピチのJKだった私は、雲隠れしていた数年間の間に、大学生活を謳歌したり、就職したり、無職になったり、また就職したりしてました。
あ、今も一応働いてます。
ちなみにあれから5、6回くらい引っ越して、段ボールの扱いがプロになりました。

更新していなかった間も、古代史や小説に飽きたということは全然なくて、史跡巡りに行ったり、妄想したり、ゆるやかに楽しんでいました。
が、このところいきなり、私の中でものすごい古代史ビッグウェーブが来まして。
乗るしかない、このビッグウェーブに、というわけで、復活してみました。

JKのノリで付けた「水月」という無駄に綺麗なHN(自画自賛)も今となってはちょっとこっぱずかしいですが、またよろしくお願いします。

更新再開に際しましての新作は「お願い」「千年先の世界」「孫はまだか」の3本です。

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