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水月庵

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孫はまだか

蘇我家の食卓

「孫はまだか」
 夕食の席で、いきなり何の脈絡も無く発せられた父、蝦夷の言葉に、入鹿は目を丸くした。
「何だよ親父、薮から棒に。俺はまだ十代だぜ」
「十八だろう? そろそろ子がいてもおかしくない年だ」
「そりゃそうかもしれないけど。まだいいじゃん。正直今は仕事のほうが楽しいっていうか」
「何なんだおまえ。草食系、いや絶食系男子か」
 デザートの蘇を頬張っていた入鹿は、父の言葉に盛大にため息をついた。
「ほっとけ」



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千年先の世界

鎌足×中大兄、鎌足→入鹿

もうすぐこの国は、沈む。
鬼の仕業だと人は言う。

「私は間違っていたのか」
皇子は呟く。
「私はただ、この国を守りたかった」
白い頬を涙が伝う。
「唐にも……どの国にも負けぬ国を作ろうと……。
 日出づるこの倭を担おうと私はずっと走り続けてきた」

どこまでも続く黒い大海原を不知火が漂う。
その光景は、ただひたすらに美しく私の目に映った。

「鎌足、私は間違っていたのか」



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お願い

山背×入鹿

「あなた、山背さま」
 苛ついた様子の女の声。声の主は、私の異母妹であり妻でもある舂米(つきしね)だ。
 脇息に凭れ掛かって外の景色を見るとはなしに見ていた私は、身を起こし、のろのろと妻に向き直った。
「山背さま、どうかご決断を。
 境部磨理勢どのは今、我が弟、泊瀬の邸へ立てこもっております。
 もはや一刻の猶予もありません」
 艶やかな黒髪を一分の隙もなく結い上げ、背筋をピンと伸ばして座る妻は、そう言ってまっすぐに私を見据える。
「おまえは私に謀反人になれと言うのか……」
 力なくそう呟いた私は、妻の目にはさぞ腑抜けに映っていることだろう。



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古想ほゆ

鎌足→入鹿

葛城皇子、もとい、既に即位しているので天智天皇と呼ぶべきかー、は、ふと目を通していた木簡から顔を上げた。
そして、腹心の部下の名を呼ぶ。
「…鎌足」
が、それに答える声はない。

「今日は鎌足どのは来ておられませんよ、父上」
代わりに聞こえたのは、はきはきとした若い男の声だった。
葛城の息子、大友皇子の声だ。
言われて、葛城ははたと気付く。
そして、くすりと笑った。
「どうなさいました、父上」
大友はそんな父に、不思議そうに問う。
「…いや、すっかり忘れていたのだ。
 今日が乙巳の変の日だということを」
「ああ、そういえば、そうでしたね」
「私ももう年かな。
 乙巳の変の日を忘れていたなんてな」
葛城がそう言うと、大友が必死になって反論する。
「そ…そんなことありません!
 相変わらず父上はお美しくて、ご聡明でいらっしゃいます!」
必死になってそう言う大友の、自分とよく似た白皙を見て葛城は再びくすりと笑う。

「おまえ、いくつになった?」
「…え?
 二十歳に相成りましたが」
「そうか。
 乙巳の変の時の私と同い年だな」
言われて、大友は軽く目を伏せた。
「父上は今の私と同い年の時にすでに国を動かしておられたのに、私は未だ何もできず…。
 お恥ずかしい限りです」
大友はそう言って項垂れた。
「いや、そんなことを言いたかったのではないが…」
言いながら、葛城は木簡を机の端へ追いやった。
「鎌足がいないと、仕事が全然はかどらぬ」



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いつか

鎌足×中大兄(鎌足→入鹿)

ったく、よーやるよ。
鎌足は、木陰でぼーっとしていた。
ここ、飛鳥寺では只今蹴鞠の会が行われている。
鎌足が立っている場所とは少し離れた場所からは、「やぁ!」とか「おぅ!」とかいう威勢のいい声が聞こえてくる。
ああ、やってるな、といった感じである。
とはいえ、鎌足は全く蹴鞠には興味がなかった。
大体、みんなで仲良しこよしで鞠なんか蹴りあげて何が楽しいんだ。
勝敗のないスポーツなんざスポーツではない、というのが鎌足の持論だ。
いや、ことはスポーツに限らないが。
スポーツしてさわやかな汗を流す、などというが、そんな無駄な汗は流したくない、とも思う。
なんとも不健康な奴だ。



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