備中松山主従です。従出ないけど。
『山だしが 何のお役に 立つものか 子曰はくの やうな元締』
近頃備中松山に流行る狂歌である。
「ええい忌まわしい!」
御殿へ上がる道すがら、道路脇の木にくくりつけられていたその狂歌を書いた紙をぐしゃぐしゃと握りつぶしつつ、三島貞一郎が舌打ちをした。
「落ち着けよ。この門をくぐったら御殿──敵地だ」
言動に気を付けろ、と、彼と連れ立って歩く兄弟子がやんわりと貞一郎を制する。
「昌一郎どの。あなたは悔しくないのですか。城の連中は先生を何だと思ってやがる」
なおもいきり立つ貞一郎に、昌一郎という名の太めの男ははぁ、とため息をついた。
「悔しいに決まってるだろう。先生はあんな連中に中傷されるようなお人ではない。……が、先生の弟子である俺達がみっともなく騒いでどうする。ますます先生の顔に泥を塗ることになるぞ。
だからほら、背筋を伸ばせ。襟を整えろ」
言いながら昌一郎は弟分の襟に丸くふくよかな手を伸ばし、その袷を軽く整えてやった。
十九歳の三島貞一郎と二十九歳の村上昌一郎はともに、国一番の秀才と名高い山田安五郎の私塾で学ぶ才子である。
入門してからこのかた、師の教えを少しでも多く吸収しようと切磋琢磨する毎日を送ってきたのだが、この度その日常を一変させる出来事が起こった。