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水月庵

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ナイルの雫 第2章−2

「つ……疲れた」
アイリは呻いた。

「大体、婚儀が一ヶ月近くかかるなんて聞いてねーよ……」

ぐったりと長椅子に寄りかかりながら、アイリは呟いた。

そう、婚儀は一ヶ月近く続いた。

まずはテーベのアメン神殿。

他、上エジプトの神殿をいくつか回ったあとで、
今度は船でナイルを下って下エジプトに連れて行かれた。
そこでも神殿巡りだ。

そして、その合間には宴が催された。

無論、その間はずっと女装していなければならない。

テーベの宮殿に帰ってきたのは、ついさっきだ。






「疲れたー……」

「大変でしたわね」

普段着(男物)に着替え、長椅子でのびている主を見て、テオは苦笑混じりにそう言った。

でも、と笑顔をそのままにテオは続ける。

「エジプトの民からは随分と人気でいらっしゃいましたわね」

そう、異国より来た絶世の美女は、エジプトの民には大人気だった。

民の歓声に応えて、アイリが手を振ると、大地が揺れた。
本当に、そう思うほど、民が沸いたのだ。

故国ヒッタイトでは、母を早くに亡くしたせいで本来の性別で生きることすら許されなかったアイリにとっては、
信じられない経験だった。
もっとも、悪い気はしなかったが。

「ジェセル」

アイリと同じく、自室で寛いでいたジェセルは、名を呼ばれて出入り口を振り返った。

「なんだ、キアンか」

声の主が幼馴染みと分かると、ジェセルは再びリラックスの態勢に戻る。

「なんだって……。そりゃないだろ。
 ま、いいや。
 悪かったな、入ってきたのが新妻じゃなくて」

後半は少しおどけたように、キアンが言うと、ジェセルは苦笑した。

「変なこと言うなよ。
 ……で? どうした?」

ジェセルがそう問うと、キアンはため息をついた。

「……あんまり、面白くねぇ話だ」

キアンは、手に持っていた、折れた矢を見せた。
鋭く尖った矢尻の部分には、随分と古くなった血がこびり付いている。

「キアン、これ、どこで?」

矢尻を見たジェセルの顔色が変わる。

「これはな、エジプトに向かう途中のアイリどのの護衛の兵に刺さってた矢だ」

「何だって?!」
ジェセルは思わず叫んだ。

「そんなバカな!
 だってこれ……鉄だろ?」

今、多くの国が使用しているのは、青銅器だ。
その青銅器よりも、格段に丈夫な鉄を持っているのは……たった一国だけ。

そう、ヒッタイト帝国。
アイリの故国である。

……分からない。
何故、ヒッタイトは自国の皇女を殺そうとした?

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