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水月庵

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燦國恋歌 序

俺は、全速力で走っていた。

やたらゴテゴテしたシルクの衣装をからげながら。
朱塗りの柱と、所々に配された金色の灯籠が美しい中華風の回廊を。

そして、ある部屋の前で立ち止まると、呼吸を整えることもせず、勢いそのままに観音開きのその扉を豪快に開け放つ。

中からは、苦そうな漢方薬の匂いがした。
そして、中には医者やら女官らしき人やら、とにかく人がたくさん居た。
その全員が、何事かと扉のほう、すなわち俺のほうを一斉に見る。
だけど、その大勢の人の視線すら、今の俺は全く眼中になかった。

一心不乱に、その部屋の中心に置かれた寝台へ歩み寄る。
貴人のものに相応しい、豪奢なしつらえの寝台。
でも、そこに横たわる愛しいその人は、あまりにもか細かった。
俺は寝台の脇に膝をついた。
そして、思わず涙が出そうなくらいか細いその人の手を取り、両手でしっかりと包み込む。
その手の甲を撫でさすりながら、俺はその人の名を呼んだ。……いや、呼ぼうとした。






「れ……っ!!」

ガツン。

俺は、轟音とともに飛び起きた。
周りの視線が一気に突き刺さる。
痛い。視線が痛い。
つーか、それ以上にデコ痛ぇ。

机とごっつんこしてしまった額を撫でながら、俺は周りを見渡した。
えーと、今俺何してたんだっけ?

真四角に近い室内。
そこに整然と並べられた同じ大きさの椅子と机のセット。
制服を着た男女。ちなみに、俺は今、彼らの視線を一身に浴びている。
前方には巨大な黒板と、そこにびっしりと書かれた宇宙語……もとい、数式。

ああ、俺、学校にいたんだっけ。

「ようやくお目覚めだな、市橋。さて、この問題を解いてもらおうか」
やや切れ気味の先生が(マンガでいうと怒りマーク2つくらい)そう宣う。

解けるワケねぇ。
さっきまで何か良く分からん中華風な世界にいた俺に解けるワケねぇよ、先生。

「亮くん亮くん……いや、亮様。
 私めにノートを恵んでいただけないでしょうか」

俺は即座に後ろを振り返り、後ろの席の高梨亮くんに助けを求めた。
亮くんは俺の所属する剣道部の主将なのだが、悔しいことにこいつ、頭が無茶苦茶良い。
こいつなら、こいつのノートなら、今の俺の窮地を必ずや救ってくれるはずだ。

「後で何か奢れよ」

そう言って、彼は快く(?)ノートを貸してくれた。

で、そのノートを手に、俺、市橋千早、18歳、高校三年生、剣道の全国優勝の経験なんかもあったりする剣道部のエースは件の問題を解くべく颯爽と黒板の前に向かったのだが。

「……すいませんわかりません」

俺は、そう言うしかなかった。
だって、読めないんだもの。
俺には亮くんの高尚な文字(数字?記号?)なんて読めないんだもの!!

俺が持っている亮くんのノートを覗き込みながら、先生がいう。

「あー、おまえアレだろ、これ。高梨のノートだろ。
 俺もいっつもあいつの字の汚さには困らされてるんだわ。
 テストの答案も何書いてるかさっぱりだからなー……」

* * *

まあそんなこんなで授業は終わり。
俺は亮と一緒に剣道場へ向かっていた。

「くっそ。俺今日の恨みはぜってぇ忘れねぇからな亮。
 いつか……いや、いつかと言わず今日にでもてめぇを習字教室に入れてやる」

今日の5時間目、クラスメイト全員の前で恥をかかされたこの恨み、晴らさでおくべきか……!

ふつふつとこみ上げる怒りで拳を震わせつつ、もともと低い声をさらに低めて言った俺に、亮はいとも冷静に返した。

「いや、千早くん、今のそれ世間一般で何て言われるか知ってる?
 逆切れって言うんだよ」

「知っとるわい馬鹿野郎」

「ふーん、ならいいや。
 あ、そういや夏合宿の件だけどさ」

そう言って亮が俺に向き直る。

170に僅かに届かない身長(本人は170あると言い張るけど、この前健康診断のやつちらっとみたら168だった)に、大きな目が印象的な女顔、剣道部主将とは思えない細い体。
うーん、美少年。
いや、俺別にそういう趣味ないけどね。
そういや去年の文化祭でやった女装カフェでの女装、老若男女すべてから大人気だったなぁ。
俺の女装? そりゃ俺はどこのクリーチャーだよ状態ですよもちろん。
だって身長180近くあるし、それなりに筋肉も付いてるし。

「おい千早、聞いてる? 夏合宿の話」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。で、夏合宿が何だって?
 場所決まったのか?」

「うん。今回は海の近くにしてみた!」

亮は満面の笑みでそう言った。

「ほほう、それはそれは……っておまえ遊ぶ気だろ。
 もう完全に海と水着のお姉さん、特に後者目当てだろ!」

俺が力一杯そう突っ込むと。

亮はてへっと舌を出した。

「ばれた? だってさぁ、俺らもう高三じゃん。これから大学受験が控えてんだぜ?
 もう俺らが遊べるのって合宿行ってる三泊四日ぐらいしかないじゃん!」

まあ、その通りではある。
どうせ、合宿に行っている期間以外は、夏期講習やら何やらで一日中勉強漬け。
だったら、合宿期間くらいぱーっと……。
いや、勿論練習もする、するけどね。

後輩よ、ごめん、不真面目な先輩で。
君達は俺らを反面教師にしてがんばるんだぞ。

* * *

「いぇいっ、海だ、スイカだ、お姉さんだーっ!
 おまえら、今日は心ゆくまで遊び倒すぜぃ!」

「イエッサーキャプテン!」
「俺、もう主将に一生付いていくッス!」
「主将マジ神!」

おニューの海パンに身を包み(まあ包んでるのは下半身だけだが)浮き輪を肩にかけた亮が鼓舞の声を上げれば、それに応えるいくつもの野太い声。

わが剣道部の夏合宿最終日。
昨日までの三日間、練習に練習を重ね、これ以上ないほどにしごかれまくった俺たちに、やっと許された一日限りのバカンス。

そう、剣道部主将、いや剣道部の神は合宿前に遊ぶ気満々とか言っておきながら、昨日までの三日間はきちんと、普段の練習の比じゃないほどに鬼畜な練習メニューを用意していたのだ。

練習する時はきっちりと。
そして、遊ぶ時はとことん遊ぶ。

まあそういうきっちりとけじめのつけることができる奴だということは、長い付き合いで俺も分かっている。
そういう奴だから主将がつとまるのだということも。
まじこいつ、字が汚いことと背が低いこと以外に欠点ないわ。
何なの。

「千早ー!」

やや離れた位置から亮が俺を呼ぶ。
ちなみに他の連中も思い思いに海を満喫中。

「どしたー?」

「海の家のほうに綺麗なお姉さん二人組がいるー!」

しょうがねぇ奴だな。

「まじで? よっしゃ行くぞ!」

……ノリノリでそう応える俺も、ほんとしょうがない。

俺と亮は勇み足で海の家へと向かった。
綺麗なお姉さんは、好きですか。
そんなもん、答えはイエスに決まってる。

* * *

「そろそろ帰らねぇとな。奴ら呼び戻すか」

午後三時頃。
綺麗なお姉さん達に別れを告げ、俺たちは帰り支度を始めていた。

昨日までの鬼畜練習で疲れているはずなのに、そんなことおくびにも出さずはしゃぎまくっている奴ら(俺と亮だって人のことは言えないけど)を遠目に見ながら、俺はパラソルをたたみ、亮は浮き輪をしぼませる。

その作業が終わり、剣道部員達を呼び戻しに行くか、と歩き出したとき、俺は何の気なしに空を見た。

何か、嫌な感じの天気だ。
さっきまでいかにも真夏らしい、いい天気だったのに。

と、そのとき。
空が、光った。

「ひっ……!」

俺は思わず、パラソルを投げ捨て、亮の腕にしがみついた。

「りょ……りょりょ、亮くん、俺まじで雷だけは無理なんだけど」
がたがた震えながら亮にしがみつき、亮の顔を見ると、亮の顔にも余裕なんて欠片もなかった。

「お……俺もだ馬鹿やろう」
そう言って、亮も俺の腕にしがみつく。

つまり、俺らは今、抱き合って震えている。
……良かった。お姉さん達と別れた後で。
女の子にはこんなみっともない姿見せられない。

轟音が、辺りに響いた。

「ぎゃあぁあぁぁ……!!」

俺らは同時に叫んだ。

光と音の間隔から考えて、今回のはまだ遠かったみたいだけど、次にもっと近い奴が来たら、死ぬ。死ぬ死ぬ。俺絶対死ぬ。

とか思ってたら。

空が、目を開けていられないほどに眩しく光った。

「うわっ……」

そして、俺が声を上げるや否や、それにかぶせるように響き渡る轟音。

俺たちは、意味があるのかどうか分からないけど、何か咄嗟に地面に突っ伏した。

俺が覚えているのは、ここまで。

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