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水月庵

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燦國恋歌 第1章

あれ、なんかふわふわする……。

ゆっくり開けた俺の目に映ったのは、吊り灯籠。
しかもなんか金とかで装飾された、やたら豪華な。

…なぜ灯籠?
俺、海辺にいたんだよな?
また夢でも見てんのか?

俺はもう一回目を瞑った。

相変わらず背中にはふわふわした感触。

多分この背中のふわふわした感触、これは布団だろう。
しかもこの肌触りは絹。

掛け布団はたぶん羽毛布団。

肌触りも寝心地も最高だ。

今髪が濡れてるんだが、濡れた髪が直接枕カバーに付かないように、枕の上にはタオルのような布を敷いてくれている。

寝心地最高……って、そうじゃなくて!

何で俺、寝てんの?
しかもこんな高級寝具、持ってないし、合宿所にもこんないいものはなかった。

大体、ここどこなんだよ?!

目だけを動かして周りを見ると、朱塗りの柱が目に入った。
吊り灯籠といい、調度類といい、何か中華風だ。
しかも、古代中国風。

俺はぎゅーっとほっぺたを抓ってみた。
……痛い。

目、覚めねーよ。

とかなんとかやっていると、目の前の大きな扉が開いて男の人が一人入ってきた。
タオル状の布で、濡れた長い黒髪を拭きながら。

人が来たのに悠々と寝てるのも失礼かなと思い、俺は身を起こす。






「ん……?」
俺は目に飛び込んできたその人の姿に違和感を覚えた。

男のくせに、とても綺麗な人だった。
きめの細かい象牙色の肌に、やや吊り気味の切れ長の目。

アジアンビューティー。
まさにそんな感じ。

年は俺より五歳ほど上、二十代前半、といったところだろうか。
で、身長はたぶん俺よりは低いが、低身長でもない。
170ちょいくらいかな。

……って、そうじゃなくて!
そう、問題はその年齢や身長、そして美しい顔ではなく、服だ。

だって、この人の服……。

これとよく似たものを、世界史の資料集で見たことがある。
なんか、水墨画とかに描かれている仙人的な感じ。

……マジでここ、どこだよ?
日本……だよな?

なんかもう俺、泣きたくなってきた。


そんな俺の様子に気づいた先程の人が、髪を拭いていたタオルをその辺に置き、慌てて駆け寄ってきてくれる。

「どうした、どこか痛いのか?」
その人は耳に心地よい、柔らかい声をしていた。

彼は、俺の隣に腰を下ろし、俺の背中を撫でてくれた。
よしよしって、まるで弟や子供にするように。
大丈夫だって言ってくれるかのように。

何が起こったか分からないこの状況は変わらない。
変わらないんだけどさ。
なんか、そうやってあやされてる(?)と不思議なことに不安がなくなってきた。

* * *

「名前、訊いてもいいか?
 あ、俺は希玲慶(き/れいけい)っていうんだけど」

しばらく背中を撫でてくれた後、俺が落ち着いてきたところを見計らって、その人は言った。
顔、声だけじゃなく名前の響きまで綺麗だ。

「市橋千早、です」
思ったよりもすんなり声が出た。

「そうか、変わった名前だな。もしかして違う国の人なのかな」
彼の声は、今までと変わらず柔らかいままだったけれど。
でもその言葉で、俺はここが日本ではないことを悟った。
だって、まぁ確かに千早ってポピュラーな名前ではないけど、一応は日本人としておかしくはないと思う。
名前だけだとたまに女に間違われることはあるものの。
さすがに、違う国の人だと思われるような名前ではないだろう。

そうか、ここは日本ではないのか。
……おかしいな、言葉は通じてるし、玲慶さんも東洋的な顔立ちしてんのにな。

俺の顔が曇ったのを察してか、玲慶さんが慌てたように言う。
「あー、ごめん。もしかして気を悪くした?
 ……で、あのー、失礼ついでに聞きたいんだけど、イチハシチハヤってどこまでが姓でどっからが名前?」

あんまり恐る恐る聞いてくるもんだから、こんな状況なのに俺はちょっと笑ってしまった。
この人、綺麗な外見とは裏腹に結構面白い人かも。

「イチハシ、チハヤです」
俺がそう答えると、玲慶さんはそうか、と言って、もう一度確かめるように千早、と俺の名前を呼んだ。
若干言いにくそうなのは、やっぱり俺の名前がこの国では人名としては耳慣れないものだからなのだろう。

「あの、とりあえず、ありがとうございます。
 その……まだ俺状況がよくわかんないんですけど、とにかくあなたは俺を助けてくれたんですよね?」
少し玲慶さんとの親睦が深まったところで、うっかり言いそびれていたお礼を言った。
「ああ、まあな」
玲慶さんははにかむような笑いとともにそう言った。

「あの……、それで、ここは」
俺は、次に、ずっと気にはなっていたけれど怖くて聞けなかったことを恐る恐る口にしてみた。
「あぁ、ここか?
 ここは、燦の皇宮の中の、養寧宮の一室だ。
 まあ簡単に言うと宮殿の奥の奥、皇帝の寝室だな。
 川辺を散歩してたら、たまたま浮かんでるおまえを見つけて。
 土左衛門かなーって思ったけど、一応引き上げてみたら息があったからとりあえず連れてきたんだ」

「川、浮かんでた……、燦の、皇宮」

俺は、玲慶さんに言われたことを断片的に反芻する。

普通じゃあり得ないことが起こってる。

俺がさっきまで居たのは海で、川じゃないはずだ。
ていうか、俺は雷にびびって気絶した(?)だけで、溺れてはいないはず。

それから恐らく、燦、というのは国名だろう。
つまり、今俺がいるのは日本ではない。
しかも、地球ですらない。
だって俺が知る限りでは、今地球上に燦という国は存在しない。
昔の中国さながらの生活をしている国なんて。
だから多分ここは……異世界。

てことは、え?!
俺、異世界トリップしちゃったの?!

まあ、俺の寝かされているこのやたら絢爛豪華な中華風の部屋に玲慶さんの服装とかからすると、ここが現代日本だと思うほうが無理だよな。

まったく想定外の出来事に、もっと混乱するかと思いきや、俺は意外と冷静にその事実を受け止めていた。

みんな知ってるか?
人間ってのはパニックの限界値を超えると逆に冷静になるんだぜ。

* * *

さて。
何から整理したらいいんだろうか。

「あの、訊きたいことが三つほどあるんですけど。いいですか?」

「いいよ。何?」

「じゃあまず、一つ目。俺は川に浮かんでたんですよね?」
「ああ。びっくりしたぞ。普段人が死んでるような川じゃないからな、あそこは」

……あそこは、ってことはその川以外に普段人が死んでるような川があるのかよ……。
この国、治安大丈夫かな。

まあ、それはとりあえず置いといて。

「じゃあ、浮かんでたのは俺だけですか?
 俺が浮かんでる近くにもう一人、同じような年格好の男がいませんでしたか?」

「いや、おまえ一人だったぞ」

なるほど。
てことは、どうやら異世界トリップしたのは俺一人だけらしい。

「わかりました。で、二つ目なんですけど、日本という国をご存知でしょうか?」
「日本?」
「はい。俺の、元居た国なんです」
俺がそう言うと、玲慶さんは目を伏せ、しばらく考え込んだ。

「ごめん。俺、仕事柄この世界の国の名前は全部把握してるけど、日本って国は聞いたことがない……」

「そう、ですか……」

こりゃいよいよ異世界トリップ決定だな。
俺、もう日本に帰れねぇのかな。

そう思うと、うわ、やばい。
なんか目がじわっと熱くなってきた。

「な、泣くなよ」

俺の変化に気づいた玲慶さんが慌てたように言う。
で、手を伸ばして、俺の頭をくしゃりと撫でた。
その手の暖かさに、俺、とうとう堪えきれなくなった。
涙が一滴、頬を流れていく感触。
うわー恥ずかしい。泣くのなんて、欠伸をした時の生理現象を除けば小学校低学年以来だ。

「泣くなって」
そう言って、玲慶さんはそのまま俺を抱きしめた。
濡れた、冷たい髪が頬に当たる。
でっかい男が、男に抱きしめられてる図。
端から見ればみっともないことこの上ないだろうけど、今の俺には有り難かった。
いきなりこんなワケのわかんねぇ事態に巻き込まれて、本当に、どうしたらいいのかわからない。
でも、そんな不安もこうして人の温もりを感じることで少しは和らいでいく、ような気がする。

「信じられないけど、おまえはこことは違う世界から来たんだな。
 うちにも一応神官とか術者みたいなのいるからさ、そいつらにおまえを元の世界に戻す方法を探させるから。
 それと、当面のこの国での生活は何も心配しなくていいから。
 拾った責任だ、俺が面倒見る」

うわ何この人超イケメン。
いや顔もすげえ綺麗なんだけど、言うこともイケメン。
こんな綺麗な顔で面倒見る、とか言われたら確実に惚れるわ。
俺が女だったら。
残念ながら俺は玲慶さんよりごつい男だけど。

「ありがとうございます」

「うん。落ち着いたか?」

俺が泣き止んだのを確認すると、玲慶さんは安心したように笑い、身体を離した。

* * *

「じゃあ三つ目の質問いっとくか?」

玲慶さんに促され、俺は口を開いた。
「あの……、さっき、ここはどこかって聞いたとき、確か玲慶さんは皇帝の寝室だと言いましたよね?
 何とか宮の一室だと」
「うん、言ったな。あ、養寧宮ね」

つーことはだよ?
今、俺、燦って国の最高権力者の私室にいるってことになるよね?
普通、皇帝の寝室には皇帝と、お妃とか、皇帝に近しい人しか入れないよね?
なんで、俺は皇帝の寝室にいるんだ。
俺は皇帝でもお妃でもないぞ(当たり前だけど)。

「どうして、俺は皇帝の部屋に寝かされてるんでしょうか。
 これって、何か不敬罪的なアレになるんじゃ……」

恐る恐る、俺がそう言うと、玲慶さんは怪訝な顔になった。

「何で? 俺が自分の部屋に誰を入れようが、そんなの俺の勝手だろ」

玲慶さんがそう言い終わり、俺が彼の言葉の意味を飲み込めずにぽかんとしていると。
コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。

「入ってもよろしいでしょうか」
やや低めの男の声とともに、ガチャリと扉が開いた。

疑問形のくせに、よろしいでしょうか、の『か』のときにドア、開いてる。

入って来たのは、俺と玲慶さんのちょうど間くらい、二十歳くらいと思われる男の人だった。
目元とか、顔の感じは玲慶さんに似てる。
けど受ける印象は全然違った。
中性的な印象の玲慶さんとは違い、彼はきりりと男らしい感じだ。
身長も、見たところ俺と同じくらいありそうだ。

彼は、入ってくるなり玲慶さんに跪いた。

「どうした、煌仙」
取りあえず顔を上げろ、という玲慶さんの声に促されて煌仙と呼ばれた彼は顔を上げた。

そして彼は玲慶さんのそれより幾分低い声で言う。
「どうした、ではございません、陛下。
 陛下に見ていただきたい書類がまだ残っております」

「えー、まだあったの」
うんざりだ、といった様子で玲慶さんはそう言った。

俺は、あんぐりと馬鹿みたいに口を開けたまま固まった。
だって、今この煌仙って人、玲慶さんのことを何て呼んだ?

陛下、とか言わなかったか?!

「へ……陛下って……!」
驚きの余り、声が裏返った。
けど、びっくりもするって。

”俺が自分の部屋に誰を入れようが、そんなの俺の勝手だろ”

玲慶さんのさっきの言葉が俺の頭の中に甦る。
……今やっと、意味が呑み込めた。

「へ……陛下って、玲慶さん皇帝だったんですか?!」

ですかー、かー……、かー……、と俺の声がエコーした。

* * *

玲慶さんは、テヘ、と笑った。
俺より5、6歳も年上な、いい大人なのにそういう表情もまた、似合う。

「じゃあ改めて自己紹介するか。
 燦国第68代皇帝、希玲慶です。どうぞよろしく」
語尾に星でも付きそうな軽い口調で玲慶さん……いや皇帝陛下は言った……いや仰った。

……マジかよ。
じゃあ何か。
皇帝陛下御自ら、川に飛び込んで俺を助けてくれたってワケか。
何か俺、大物になった気分。はは。

びっくりしすぎて瞳孔が開ききってる俺などお構いなしに、玲慶陛下は続ける。

「それから、こいつは希煌仙(き/こうせん)。
 右丞相なんだ、この国の。
 で、俺の異母弟で、俺のひとつ下の22歳」

言っとくけど俺は、異世界トリップなんていう異常事態に巻き込まれるまでは至ってフツーの小市民だった。
よって、俺が今まで出会った人の中で一番偉いのはせいぜい校長先生くらい。
それがさ。
いきなり目の前に皇帝と皇子が……って。

やばい。何か目がチカチカしてきた……。

あ、ちなみに丞相ってのは陛下のご説明によると現代日本でいう内閣総理大臣のようなものらしい。
けど、この国にはそういう人が左丞相と右丞相、二人いる。
ちなみに右丞相のほうが偉いらしい。
だから、右と左、どっちが偉いかの違いはあれど、どっちかっつーと昔…平安時代辺りの左大臣、右大臣の感じに近いのか?
いや、よく分かんないけど。

そんなことを考えていると、なんか右頬の辺りに冷たい視線を感じた。
煌仙さんが、俺のほうを見てる。
そして、冷たーい声音で言う。
「陛下、これは何です」

おい。これって何だよ、物かよ俺は?

「何って。見りゃわかるだろ。人だよ。
 名前は市橋千早。イチハシまでが姓でチハヤが名前だ。
 川に落ちてたんだ。それでつい」
拾ってきちゃった、とそれはそれは軽いノリで玲慶陛下は仰った。

何拾ってきちゃってんのこの人、とでも言いたげに煌仙さんはため息をつく。

それに覆いかぶせるようにまたまた陛下が口を開く。
「で、こいつ帰るあてがないらしいからしばらく皇宮で面倒見るから」

さっき面倒見るって言ってくれたのは本当だったんだ。
だけど、目を輝かせる俺とは裏腹に、煌仙さんはとんでもない、という風にくわっと目を見開いた。

「何を仰ってるんです陛下。
 こんな得体の知れない物体を、皇宮に、しかも皇帝陛下の身辺に置いておけるわけがないでしょう」

物体て。
俺、さっきから煌仙さんには全然人間扱いされてない。

いきり立つ煌仙さんに、陛下はにっこり笑ってみせた。
まるで花が咲いたような、そんな笑み。
俺に向けられたものじゃないのに、何故か俺がドキッとした。

笑みをそのままに、陛下は言う。
「心配するな。千早は悪い奴じゃない……多分。
 こいつを皇宮に置くことはこの俺、皇帝が決めたことだ。分かってるな?」

小さく添えられた、多分って言葉がすごく気になるけど。
俺は100%善人だよ、間違いなく。
でもとりあえず、まさに鶴の一声。
この一言で、陛下は見事、あの気難しそうな煌仙さんを黙らせた。

すげぇ。
この人すげぇ。

というか、皇帝ってすげぇ。

皇帝って言葉を出すだけで煌仙さんのこの黙りっぷり。
まるで、水戸黄門の印籠を見た悪者のようだ(例えが悪くてごめんなさい。でも今の時点ですでに煌仙さんに対する俺の心証はあんま良くない)

俺は、俺の拾い主である、その皇帝陛下をちらっと見た。
俺の視線に気づいて、微笑み返してくれる。

……マジ、綺麗だなこの人。

何か、胸がドキンってなった。
……おい、しっかりしろ、俺。いくら綺麗でも、相手は男だぞ!
俺は、誤作動を続ける胸を押さえた。

ていうか俺、いつか日本に帰れんのかな……。

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