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水月庵

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酒と泪と主君と臣下

史(不比等)と草壁の頭おかしいギャグ調の話。

 史(ふひと)はパチリと目を開けた。
 昨日あれほど飲んだにしては爽快な目覚めである。
 身体が軽い。まるで何も身に付けていないかのようだ。そう、まるで何も……何も、身に付けていない……?
 史は寝台から身を起こし、おそるおそる自分の身体を見下ろした。
 何物にも覆われていない、程よく筋肉の付いたしなやかな身体。成る程我ながら惚れ惚れする程いい身体である。
 だが問題はそこではない。
 史は年季の入った操り人形のようなぎこちない動きで自分の隣にある不自然な膨らみに向き直った。
 明らかに人が頭から掛布を被って寝ているようにしか見えない膨らみ。ここは(誰のものか不明の)寝台。そして自分は全裸。昨夜の記憶は、泣き上戸の高市皇子が夜半過ぎに突如「十市……!」と言って泣き出したのを適当に慰めた辺りで途切れている。
 嫌な予感しかしない。
 眠れる獅子を起こさぬよう細心の注意を払いながら、史は掛布をめくった。






 ああ、うんなるほど。予想はしていた。おそらくそうではないかと思ってはいた。史はアルカイックスマイルを浮かべつつ、二度、三度頷いた。
 自分の隣ですやすや眠るその人の寝顔を見つめる。
 艶やかな栗色の髪に縁取られたまろやかな白い肌。目を開ければくるりと上を向くのであろう濃く長い睫毛が、その白い肌に影を落としている。
 自分が置かれている状況をおそらくまだ知らない眠り姫は、無邪気な顔で夢の世界を揺蕩っている。
 ……いや違う。この人は『姫』などではない。
 草壁皇太子。次代の帝となるべき御方であり、史が唯一無二の主君とあおぐ人である。
 そう。無二の主君。
 無二の主君に、昨夜の自分は一体何をしたというのか。
 幸か不幸か、自分の尻にこれといった違和感はない。
 ということは、だ。
 いや待て、まだそうと決めつけるのは早い。もっと他ののっぴきならない事情があったのかもしれない。
 全く思い出せない。というかここはどこだ。

 ここまでずっと表面上はアルカイックスマイルを保っている史の目の前で、ゆっくりと草壁の目が開く。寝ぼけ眼の草壁は何度か目を瞬かせた後、むくりと起き上がった。どうやら、自分が今置かれている状況を確認しているらしい。
 何も着ていない自分。隣には同じく何も着ていない臣下。
 状況を確認している間、草壁は終始無表情だった。
「……おはよう」
 無表情のまま、草壁が言う。
「……おはようございます」
 アルカイックスマイルのまま、史は応えた。

 このような状況に至った経緯を果たして相手は覚えているのか。
 この状況から一般に推察される事態がもし昨夜起こっていたのならば、どちらがどちらの役割だったのか。
 主君と臣下の薄ら寒い腹の探り合い大会がここに開幕した。

「その……身体の調子はどう」
 草壁が言う。
「そうですね、昨夜かなり飲んだにしては二日酔いはそれほど」
「それは何より」
 同じ寝台に裸で仲良く並んだまま、草壁と史は互いから目を逸らした。
 何だ。一体昨夜自分達は何をした。
 もし何らかの垣根を越えてしまっていたとして、それを相手が覚えている可能性を完全には捨てきれない以上、軽々しく「何も覚えていない」などとは言えない。
 そして、史の邸でも草壁の邸でもないここは一体どこなんだ。
「草壁様。つかぬことをお伺いしますが、……どこか痛いところなどは」
「何でそんなこと」
「……深い意味はありません」
「そうか。強いて言えば、……頭痛が少々」
「そうですか」

 一向に確信に近づかない不毛なやり取りをしていると、突如合図も無しに入口の扉が開いた。
「兄ちゃん! 朝飯食おう……ぜ……、……!?」
 朗らかな笑顔とともに明るく威勢良く発せられるはずだったその言葉は、空中で頼りなく消えた。
「大津……」
 部屋に広がる光景を見るなり目を剥いて固まった青年の名を、草壁が呆然と呟く。
 大津皇子。草壁のひとつ違いの異母弟である。
 どうやらここは大津皇子の邸であったらしい。そういえば、泣き出した高市を慰めていた話の流れで誰かの邸で飲み直そうということになり、大津の邸に及ばれした記憶がおぼろげながらある。
「大津、違うんだ。いや違わないかもしれないけどこれはだな、その……」
 何となく掛布を肩の辺りまで引き上げながら、愛想笑いを浮かべつつ草壁が口を開く。
「何も言わなくていい!」 
 大津が叫んだ。
「だ、大丈夫だから。俺そういうのに偏見とか、全然ないし。
 ただちょっと人ん家泊まってるときくらいは我慢していただきたかったかな!」
「落ち着け大津! 僕の話を聞け!」
「兄ちゃんこそ落ち着けよ! 落ち着いて服着ろよ!」
「そうだった!」
 至極真っ当な大津の言い分を受け入れ、草壁と史は慌ててその辺に散らばっていた服を拾って身に付けた。

「大津、ちょっと」
 服を着て、髪を適当に結った草壁がそう言って大津の肩を抱き、部屋の隅へと誘導する。何を言っているのか史には聞こえない程度の距離感で何やら話し合う二人。
 史は肩から力が抜けるのを感じた。
 何だ。やはり草壁も何も覚えていなかったのだ。
 きっと今草壁は、昨夜のことを何も覚えていないのだがどうすればいいのか、気の置けない弟に相談しているのだろう。
 これで、自分達の関係は今まで通りだ。
 草壁は次代を担う皇太子で、史は彼の一番の忠臣。
 それでいい。今までも、これからも。身の程知らずな思いなど、このまま墓場まで持っていくに限る。

 大津との話し合いを終えたらしき草壁が史のところへ戻ってきた。
「史」
 草壁が、何やら決意を秘めたような表情と声音で史の名を呼んだ。
 大津は部屋の隅のほうで何故かはらはらした顔をしている。
「どうしました」
 草壁様、と続くはずだった史の声が途切れる。
 草壁が信じられない行動に出たからだ。
 草壁は、寝台に腰掛けている史の前で恭しく跪いた。
 主君が臣下に、である。
「何を……」
 慌てて寝台から降りようとした史を草壁が制す。
「そのままで聞いてくれ。
 史。
 順番はめちゃくちゃになってしまったが……」
 草壁が顔を上げた。母親譲りの強い瞳でまっすぐに史を見つめ、彼は言った。

「僕と、結婚してください」

「……は? いや、何を言って……」
 人間、理解の範疇を越えることを言われると案外薄い反応しかできないものである。
「確かに僕には既に阿閇という正妻がいるし、子供もいる。おまえだけというわけにはいかない。だけど、大事にするから」
「……いや。あの。何で私が嫁なんですか」
「僕は皇太子だぞ。臣下には嫁げない。だからおまえが嫁に来い」
「ああ、そういう……」

「考えさせて、もらえますか」
 史は言った。自分でももう自分が何を言っているのか分からない。
「その、やはり一生のことですし」
 考えた結果どうするつもりだ、自分。
 皇太子の夫人になって国母にでもなるつもりか。
 頭がおかしいとしか思えない史の言葉に、しかし草壁も気長に待ってる、と大真面目に頷いた。
 ついでに言えば、部屋の隅にいる大津も真剣な顔でしきりに頷いている。
 みんな頭おかしい。もちろん自分も。
 そう思いながら、婚約者(仮)に束の間の別れを告げ、未来の国母(仮)は帰路についた。



草壁には昨夜の記憶があるのかないのか、そもそも昨夜何があったのか、すべてご想像にお任せします

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