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水月庵

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孫はまだか

蘇我家の食卓

「孫はまだか」
 夕食の席で、いきなり何の脈絡も無く発せられた父、蝦夷の言葉に、入鹿は目を丸くした。
「何だよ親父、薮から棒に。俺はまだ十代だぜ」
「十八だろう? そろそろ子がいてもおかしくない年だ」
「そりゃそうかもしれないけど。まだいいじゃん。正直今は仕事のほうが楽しいっていうか」
「何なんだおまえ。草食系、いや絶食系男子か」
 デザートの蘇を頬張っていた入鹿は、父の言葉に盛大にため息をついた。
「ほっとけ」






「で? 何かあったのか。同僚から孫自慢されたとか」
 蝦夷の杯に酒をついでやりながら、入鹿は言う。自身も、手酌で酒をついでぐいっと飲み干す。
「おまえ、良く蘇で酒が飲めるな……最近の若者は分からん。いや、それはどうでもよくて。
 先だって、手杯を大王に嫁がせただろう」
 手杯娘(てつきのいらつめ)とは、蝦夷の娘、つまり入鹿の姉である。
「ああうん。あれ意味あった? 大王にはすでに叔母上が嫁いでいて、古人っていう立派な皇子もいるのに」
 今年即位したばかりの田村大王には、蝦夷の妹との間に、今年十四歳になる古人大兄皇子がいる。
「一人では何かと心許ないだろう。
 が、まあ確かにおまえの言う通り、そろそろ次代のことも考えねばと思ってな。
 雑談のついでに、古人さまに、そろそろあなた様も妃を迎える年齢におなり遊ばしましたね、などと話を振ってみたわけだ。
 そこで満更でもないご様子だったら、下のほうの娘を嫁がせようと思ってな」
「うんそれで?」
 入鹿が続きを促すと、今度は蝦夷が盛大なため息をついた。
「それがな……儂には最近の若者の考えがもうわからん……」
「何言ってんの親父だってまだまあまあ若いよ」
 蘇(二個目)に突入しつつ、入鹿はよくわからないフォローをする。
 さてはあれか。古人も絶食系男子だったパターンか、と考えながら、杯を手に入鹿は父親の次の言葉を待った。
 蝦夷は肩を落とし、力の無い声で言った。
「……おまえがいいそうだ」

 意味を理解するか早いか、入鹿は酒を吹き出した。
「汚っ」
 蝦夷が思わず叫ぶ。
 側に控えていた侍女達が何事かとざわめき立つ。
「は? いや何? それどういう意味で?」
 入鹿がげほげほとむせる。
「いやほら、あれだろ? 自分はまだ男友達とつるんでたほうが楽しいですからとか、そういう話だろ?
 何腐った目線で見ちゃってんの?
 腐男子なの?」
 律儀に吹き出した酒を拭きつつ、入鹿はわたわたと畳み掛けた。

「儂だってな、最初はそうだと思ったわ。だがあの皇子、爽やかに微笑みながら、はっきり言ったんだぞ。
 妃にするなら入鹿どの以外考えられませんねぇ、と。
 おまえ、よくも純真無垢な皇子を誑かしおって。
 そりゃ保険のために娘を大王に嫁がせたくもなるわ」
「誑かしてねーよ! そんなことして俺に何の得があるんだ!
 大体俺にはやま……あっ」
 入鹿は慌てて口をつぐんだ。危うく、俺には山背がいるんだ、と父親に向かって高らかに宣言するところだった。
 そんなことを父親に知られたら、洒落にならない。
 落ち着くために、入鹿は杯にわずかに残っていた酒をゆっくり飲み干した。

「確かに、幼いときから俺を実の兄のように慕ってくれる古人を可愛いとは思ってた。
 大きくなったら入鹿をお嫁さんにする、と言われたことがあったのも、今思い出した。
 どうせガキの戯言だから否定すんのも可哀想かなと思って、楽しみにしてるぜーとか、言ったような、気も……
 それで、ほっぺにチューとか……」
 あれ? と入鹿は心の中で首をひねった。もしかしてこれ。
「誑かしてるじゃないか!」
 蝦夷が叫んだ。
「幼い恋心を弄んでるじゃないか!
 何ちょっと良い女風に決めてるんだ!」
 割と本気で怒っている父親の姿に、入鹿は頭を抱えた。
「俺、やらかしてたのか……」

「ともかくだな、おまえが古人さまに嫁いだところで何の意味も無い」
 糞真面目な表情でそう言う蝦夷に、入鹿は、もしかして親父酔ってんのか? と思いながらも、ですよね、と頷いた。
「我が蘇我家が栄え続けるためには、当家の娘に大王の御子を生んでもらわねばならない」
 うんうん、と入鹿が頷く。大王家と姻戚関係を持つこと、それが蘇我家の権勢の源だ。
「だが今更、おまえを性転換させるわけにはいかぬ」
「させたとして、子は生まれねーよな」
「だから入鹿、おまえは可及的速やかに娘をつくれ」
 ああなるほど。これが冒頭の『孫はまだか』に繋がるわけか。
「速やかに、おまえにそっくりな入鹿二号をつくるのだ。
 おまえにそっくりな娘なら、古人さまとて文句はあるまい」
「ええー……」
 鬼気迫る父親の様子に、入鹿は思わず気の抜けた声を出した。
 どうやら蝦夷は、手塩にかけて育てた甥の古人が、同じく手塩にかけて育てた息子の入鹿に恋をしてしまったという事実に、相当深い傷を負ったらしい。
 思わず、頭のねじを探してあげたくなる。
 大体、今つくった娘が嫁げる年齢になるまで、何年かかると思ってるんだ、と言ってやりたい。
「……前向きに検討します」
 曖昧な返事をして、入鹿はそそくさと自室に逃げた。

 明日、古人と会う用事があるんですけど。
 一体、どんな顔をして会えば、と入鹿は頭を抱えた。

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