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水月庵

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いつか

鎌足×中大兄(鎌足→入鹿)

ったく、よーやるよ。
鎌足は、木陰でぼーっとしていた。
ここ、飛鳥寺では只今蹴鞠の会が行われている。
鎌足が立っている場所とは少し離れた場所からは、「やぁ!」とか「おぅ!」とかいう威勢のいい声が聞こえてくる。
ああ、やってるな、といった感じである。
とはいえ、鎌足は全く蹴鞠には興味がなかった。
大体、みんなで仲良しこよしで鞠なんか蹴りあげて何が楽しいんだ。
勝敗のないスポーツなんざスポーツではない、というのが鎌足の持論だ。
いや、ことはスポーツに限らないが。
スポーツしてさわやかな汗を流す、などというが、そんな無駄な汗は流したくない、とも思う。
なんとも不健康な奴だ。






鎌足がこの場所にわざわざやってきた目的は、ひとつだ。
あの、男。
鎌足の視線の先で、見事な作り物の笑みで重臣達と歓談している、あの男。
今まで負けなしの人生を送って来た鎌足をいとも簡単に凌いだ、家柄も権力も頭脳も、そして美貌も、全てを兼ね備えたあの男。
そのくせ、彼の最愛の人を自らが手を下す形で失ってからは、この世界中で一番不幸に見える、あの男。
そう、この倭の事実上の最高権力者、蘇我入鹿を見るためだ。

あれは、今から10年も前のこと。
鎌足は初めて蘇我入鹿という男に出会った。
「あんたみたいな秀才に出会えてちょっとは毎日に張り合いも出るってもんだ」
そう言った彼の笑顔は自信に溢れていて少々…いやかなりムカついたが、本当にきれいだと思った。
だが、今はどうだろう。
あれから10年。
実質最高の権力を手中にはしたが、一番大切なモノを失った彼。
それきり、彼は作り物の笑みしか浮かべなくなった。
もう一度、彼にホンモノの笑みを取り戻させたい…なんて馬鹿げたことを思っているわけではないけれど。
だが、彼の作り物の笑みを見て「入鹿さまは今日も美しい」などとほざく連中がいたら片っ端から殴り飛ばしてやりたい。
と同時に決して、そのいなくなってしまった最愛の人以外には本心を見せない入鹿に、
殺してやりたいほどの憎しみ…といってもいいほどのどす黒い感情を抱いてしまう。
そして、それと同じくらいの愛しさも。

ゴツっ
突如、鎌足の頭に凄まじい衝撃が走った。
「いってぇ…」
鎌足の頭に直撃した物は、どうも沓であるらしかった。
「すまぬ、それは私の沓だ」
そんな耳に心地よい声とともに誰かがこちらへやって来た。
「…てめぇかっ!よくも人の頭にこんなモン当てやがってっ!」
鎌足は怒気を孕みまくった声と顔で、声のする方を振り返った。
「だから、こうやって詫びているのではないか。
 皇子たる私が詫びているのに、それでもまだ気が収まらないと申すか」
人の頭に沓を激突させておきながら、この傲慢ともいえる言い方。
「中大兄皇子…ですか」
鎌足は自分の頭に沓を激突させた少年を、そう呼んだ。
現天皇と、前天皇との間の第一子という高貴な立場におりながら、
蘇我氏の血を色濃くひいている異母兄、古人大兄皇子に押されて「中大兄」…つまり、
皇位継承権第二位に甘んじている彼。

中大兄、と呼ばれた皇子は鎌足から顔を背けて吐き捨てるように言った。
「その名は、嫌いだ」
鎌足は、何も答えずに皇子を観察した。
先程まで運動していたせいで、微かに上気している白い肌に癖のない漆黒の黒髪が幾筋か乱れかかっている。
細く、形のいい鼻梁といい、長い睫毛が肌に陰影を落とすさまといい、彼の美貌には絶世という言葉が似合う。
顔かたちの美しさでは、かの蘇我入鹿より数段勝っているかもしれない。
女と見紛うばかりのその美貌だが、その漆黒の瞳からは意志の強さが見て取れる。

「沓を、履かせろ」
どこまで高慢な皇子さまだ、まったく。
皇子は、履かせてもらうのは当然、と言った顔をしている。
仕方ないな。
鎌足は皇子にばれないように舌打ちしてから、フッと笑った。
「仰せのままに、ーー中大兄さま」
「だから、その名は嫌いだと…」
そう言う皇子の声には耳を貸さず、鎌足はそっと皇子の足を取った。
そして、宝物にするかのように大切そうに手で包み込む。
「……っ」
皇子は思わず息を呑んだ。

沓を履かせた皇子の足を、そっと地面に下ろす。
「中大兄、という名が嫌いだと言われましたな」
「当たり前だ。こんな名を好む奴などいるわけがないだろう」
皇子はそう言ってバカにしたように笑った。
「でもあなたは『中大兄』で終わる気などさらさらないでしょう」
鎌足の言葉に皇子は只でさえ大きな瞳をより一層見開いた。
この皇子が蘇我氏に敵対心を持っているということはあまりにも有名だ。
その血筋の高貴さも無視できないし、多分山背大兄王の次に蘇我入鹿…政治家としての入鹿が消すのはこの皇子だろう。

「何を、言っているのだ、そなた」
鎌足は立ち上がった。
「分かりませんか?中大兄さま」
しつこいほどに、鎌足は彼をその名で呼ぶ。
鎌足は口を眉をしかめた皇子の耳元に寄せた。
「あなたが中大兄ではなくなった時には、葛城さま、とお呼びいたしましょう」
鎌足は、まるで閨の中で睦言を囁くかのように皇子の耳に甘く囁いた。
「それは…」
「実はね、私も蘇我氏のことを憎んでるんですよ」
その言葉を聞いて、皇子は鎌足の目を見て笑った。
文句のつけようがないほど、美しい笑みだ。
「そなたとは、話が合いそうだ」
上等、とでも言うように鎌足も笑った。

この皇子とともに、蘇我入鹿を権力の座から引きずり降ろしたとき。
いったい彼は、どんな顔をするのだろう。
あの、作り物の笑顔の仮面を、はぎ取ることはできるのだろうか。

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