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水月庵

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楽しい

藤原氏はキライなんですが(全国の藤原さんごめんなさい)
式家だけは例外なんで、
この辺の時代大好きです。

あーでも夢がかなう前に…とか思うと、
ちょっと切なかったりするけど、
その辺りも読んでみたい!


Re:楽しい
  • 水月
  • (2016/04/26 22:34)
今でこそ藤原氏もおいしくいただけちゃうんですが、実は私も以前は藤原氏はちょっと…って感じでした(笑)
圧倒的勝ち組オーラが苦手といいますか。
そうなんですよね…結局夢は叶わなかった(叶うところを見られなかった)切なさ...いつか書きたく思います(ง •̀_•́)ง

夢を見る

「山部(やまべ)には困ったものだ」
 盤上に黒石を置きながら白壁(しらかべ)様が仰った。
 俺は白石を指で挟んで弄びながら、次の一手を考えていた。あと一歩及ばずといった体で上手く負けるというのもなかなか頭を使う作業なのである。
 そのような俺の内心など知らぬ気に、白壁様は自らのご長男である山部様についてため息まじりに語る。
「あやつは儂が渡来人の女に産ませた息子なのだが、近頃浮かれ女のような真似をしておるというではないか。
 まったく、嘆かわしい」





 山部王なる男のことは直接は知らないが、二世王の庶子で未だ無位無官という立場では、さぞかし苦しい暮らしを強いられているのだろう。
 そしてかの人は、噂に聞くところによると父親には似ず大層美しい容姿をしているそうだ。
 下世話な話だが、傍系とはいえやんごとなき血筋の佳人とあっては、下心を持った輩が援助をちらつかせて群がるのも自然の流れといえなくもなかろう。
「嘆かわしいとお思いなら、少しは目をかけて差し上げてはいかがです」
 今のあなたは幸い、順調に出世もなさっておいでなのですから、と進言するも、白壁様は首を縦に振らない。
「それはならぬ。そのようなことをしては井上(いのえ)の機嫌を損ねてしまう」
 そう宣う彼に、俺は苦笑した。
 そう。白壁様の出世は、亡き太上天皇の皇女である井上内親王を妃に迎えたからに他ならない。今ひとつぱっとしない二世王に幸運を運んできた正妻の機嫌を損ねるわけにはいかない。ゆえに、妾や妾の産んだ子はより日陰に追いやられる。と、まあ、そういう構図だ。

 俺はパチリと音を立てて白石を盤上に置いた。その配置を見て、白壁様が喜色を浮かべる。
 狙い通りだ。
 嬉々として黒石を置き、俺の手を封じた白壁様に、俺はやや大げさに悔しがってみせた。
「ああ、その手は思い浮かびませんでした。やはりあなたには敵いませんね」
「ははっ。頭の切れるそなたが何を言う」
 俺の言葉に大層気を良くしたらしく、白壁様は得意げに笑った。

 盤上の石を壺の中に片付けると、俺は立ち上がった。
「何じゃ雄田麻呂、泊まっていかぬのか?」
 やや不満げに仰る白壁様に、空が暗くなってまいりましたので、などと全く噛み合っていない答えを返しつつ、俺は彼の家をあとにした。

 空が暗くなってきたというその言葉自体はあながち嘘でもなく、徒歩で大路を歩いていると、ポツポツと雨が降ってきた。一粒、二粒、と静かに地面に吸い込まれてゆく様を見ながら歩を進めていると、雨足は次第に強まり、気がつけばさながら春の嵐のようになっていた。
 粗末な衣を纏った庶民共が慌てて大路を駆けてゆく。
 俺も少し、雨宿りをさせてもらおう。
 俺はちょうどその道沿いにあった誰ぞの邸の築地塀に寄りかかった。
 さて、ここは一体どなたの邸であったか。
 目を見張るような大豪邸というわけではないが、俺が今寄りかかっている築地塀はつい最近塗り替えられたばかりというように汚れひとつなく、隅々まで手入れが行き届いた邸だ。

「あにうえ! みてください! おおきなみずたまり!」
 パタパタという可愛らしい足音とともに、童がひとり、門から走り出てきた。年の頃は七つほどだろうか。彼は自分が濡れるのも構わず、門の前の、少し窪んだところにできた大きな水たまりに歓声を上げ、門の中を振り返って兄なる人を呼んでいる。
「早良(さわら)! おまえはまたそうやって……。風邪引いても知らないからな」
 そう言いながら邸から出てきた青年が、童を抱え上げた。抱き上げられ、急に視界が高くなったことすら楽しくて仕方がないのだろう。青年の腕の中で童はきゃっきゃと笑っている。
 ……それよりもこの童。確か先程、青年はこの子のことを「早良」と呼びはしなかったか。
 まあ、ここは白壁様の邸のほど近くだ。彼らが暮らしていたとしても何らおかしくはない。にしても、たまたまこの家族の話をしていた帰りにたまたま雨宿りをした邸に彼らが住んでいるとは。何とも出来過ぎた話だ。
 年の離れた弟を大事そうに抱きかかえた彼が、ちらりと俺を見た。どこか艶を孕んだ切れ長の目が俺を捕らえる。
 彼と目が合った瞬間、雨は小振りになった。
 初めてその目を見たときに湧き上がった感情を形容する言葉を、俺は知らない。ただただ美しい人だと思った。だが、俺を捕らえたのはきっとその上辺ではなかった。
 内心の動揺を押し隠すように、俺は余裕を装って彼に微笑みかけた。
「突然の雨に往生して雨宿りをさせていただいておりました。ですが、そろそろ雨も上がりそうですので」

 彼は優しい仕草で腕の中の弟を地面にそっと降ろした。そして俺のほうまでやって来ると、その長い指で雨に濡れた俺の髪を撫でた。俺の髪を濡らした雨粒が、彼の指をも濡らしていく。
「随分と降られたようだ」
 彼の手はそのまま俺の頬を撫で、するりと離れていった。
 今はじめて会った相手だ。
 それなのに、その手の感触が何故かとても慕わしい。
「どこの誰だか知らないが、折角だから当家でその服と髪を乾かして行かれては?」
 薄い唇を歪ませ、彼は蠱惑的に笑った。
「藤原雄田麻呂と申します。ご厚情、痛み入ります。……山部様」
 髪の先から水を滴らせながらそう言って頭を下げれば、私の名を知っているのか、と目の前の佳人は僅かに目を見開いた。

 邸の中に入ると、山部様は先ず最初に童……早良様の乳母らしき年嵩の女性に彼を託した。
「風邪を引くといけないからすぐに着替えさせてやってくれ。
 それと、私は客人の相手をするから」
「人を近づけぬように、でございますね。いつものように」
 早良様を受け取りつつ、女性はやや苦々しい口調で言った。
「そういうことだ。頼んだぞ」
 女性の態度など意に介さず、といった体で素っ気なくそう言うと、山部様は俺の袖を引いた。

 人を遠ざけた山部様の居室。俺に向き合うように立った山部様が俺の髪紐に手を伸ばす。髪紐がシュルリと解け、水分を含んだ髪が重たげに肩に落ちた。手にした上質の布でその水分を手ずから拭き取ってくれた山部様は、今度はこれまたぐっしょりと濡れた俺の服に手をかける。服を脱がせるために一歩近づいた山部様の腰に手を回して、俺は彼を自分の腕の中に閉じ込めた。
 後ろで緩く結われたその髪に自分の顔を埋める。
「あなたも少し、濡れていますね」
 耳元で囁く。
「そうだな。……少し寒い」
 わざとらしくそう言う山部様を、一層強く抱きしめ直した。



 脱いだ服が散らばる寝台の上。
「今何を考えてる?」
 俺の胸に頭を乗せて寝そべる山部様が囁いた。
「どうすればあなたが俺だけのものになるのかな、と」
 彼の艶やかな髪を指に巻き付けながら、俺は答えた。
 山部様はくくっと笑った。
「おまえだけのものに、か。
 つまり私はこれからここで毎夜おまえの訪れを待って、来ない夜は一体誰の元にいるんだろうってため息をついて。
 ……滅多に来ない父を待ち続けて、たまにふらっとやって来たときには恨み言ひとつ言わずそれを受け入れて、子供だけ産まされる母のように……、いや、子を産めるだけまだ母のほうがましか。
 いずれにしろ、つまらない人生だ」
「そうですね。あなたにそんな一生は似合わない」

 俺は元来、宿世だとか運命だとか、そういう言葉は嫌いだ。自分の人生は自分の力によってのみ切り拓かれるもので、相手が神だろうが仏だろうが、俺の人生を弄ぶことなど許さない。そう思っている。
 だがそんな俺でも、山部様と出会ったのは運命だったのだと思った。
 どうやら俺達は神に愛されているらしい。
 それならば。

「こういうのはどうです? 山部様」
 行為の後の睦言よろしく、腕の中の彼に囁く。山部様が気だるげな声で何だ?と訊く。
「二人で途方もない夢を見ましょう。
 そうですね、例えばあなたが帝に、俺が太政大臣になるというのはいかがでしょう」
「なるほどそれは途方もない。一生飽きずに過ごせそうだ」
 山部様はハハッと涼やかに笑った。
 その額に恭しく口づける。
「いつかこの頭上に至尊の冠を」
「その暁には、私はおまえに大織冠を贈ろう」
 馬鹿げた夢を語り合いながら、俺達はくすくすと笑い合った。

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藤原氏はキライなんですが(全国の藤原さんごめんなさい)
式家だけは例外なんで、
この辺の時代大好きです。

あーでも夢がかなう前に…とか思うと、
ちょっと切なかったりするけど、
その辺りも読んでみたい!


Re:楽しい
  • 水月
  • (2016/04/26 22:34)
今でこそ藤原氏もおいしくいただけちゃうんですが、実は私も以前は藤原氏はちょっと…って感じでした(笑)
圧倒的勝ち組オーラが苦手といいますか。
そうなんですよね…結局夢は叶わなかった(叶うところを見られなかった)切なさ...いつか書きたく思います(ง •̀_•́)ง

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