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水月庵

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古想ほゆ

鎌足→入鹿

葛城皇子、もとい、既に即位しているので天智天皇と呼ぶべきかー、は、ふと目を通していた木簡から顔を上げた。
そして、腹心の部下の名を呼ぶ。
「…鎌足」
が、それに答える声はない。

「今日は鎌足どのは来ておられませんよ、父上」
代わりに聞こえたのは、はきはきとした若い男の声だった。
葛城の息子、大友皇子の声だ。
言われて、葛城ははたと気付く。
そして、くすりと笑った。
「どうなさいました、父上」
大友はそんな父に、不思議そうに問う。
「…いや、すっかり忘れていたのだ。
 今日が乙巳の変の日だということを」
「ああ、そういえば、そうでしたね」
「私ももう年かな。
 乙巳の変の日を忘れていたなんてな」
葛城がそう言うと、大友が必死になって反論する。
「そ…そんなことありません!
 相変わらず父上はお美しくて、ご聡明でいらっしゃいます!」
必死になってそう言う大友の、自分とよく似た白皙を見て葛城は再びくすりと笑う。

「おまえ、いくつになった?」
「…え?
 二十歳に相成りましたが」
「そうか。
 乙巳の変の時の私と同い年だな」
言われて、大友は軽く目を伏せた。
「父上は今の私と同い年の時にすでに国を動かしておられたのに、私は未だ何もできず…。
 お恥ずかしい限りです」
大友はそう言って項垂れた。
「いや、そんなことを言いたかったのではないが…」
言いながら、葛城は木簡を机の端へ追いやった。
「鎌足がいないと、仕事が全然はかどらぬ」






一方、それと同じころ鎌足は飛鳥の甘樫丘にいた。
甘樫丘は、元々蘇我入鹿の屋敷があったところである。
が、今はもう跡形もない。
「俺らが、燃やしたんだがな…」
鎌足はぽつりと呟く。

「なあ」
鎌足は語りかける。
まるで、そこにかの蘇我入鹿が存在するかのように。
「さすがにこの年になって、近江から飛鳥まで馬で来るのはきつかったよ。
 が、毎年来てるからな。
 …ま、あなたは俺が来ることなんか望んでないだろうが」
鎌足は苦笑しつつ、いるはずもない人に話しかける。
二十数年前、鎌足自身が殺した、入鹿に向かって。

「なあ、入鹿さま。
 乙巳の変からこっち、俺らはこの国を変えるべく頑張ってきたつもりなんだけどさ。
 今の倭は、あなたの目にはどう映ってる?
 まずまず、といったところか?
 …なんて、俺が聞くなよって思うかもしれないが、な」
言いながら、鎌足は甘樫丘から飛鳥の町並みを眺める。
「…いい景色だな。
 本当に、あなたが好きそうな景色だ。
 今の都は近江にあるんだが、そこも湖の見渡せるいいところだぞ。
 そこも開放的で、結構あなたが好みそうだ」

語りかけていると、あたかもそこにかの人がいるようで。
だが、手を伸ばしてもその手には何も触れない。

「…入鹿さま。
 俺があなたのところに行くのも、そう遠い日ではないかもしれない。
 何つっても、俺ももう五十路だからな。
 最近、仕事しててもやたらと身体がだるかったり重かったりするし。
 極楽だか地獄だかで再会したら、あなたはどんな反応をするんだろうな?
 笑って迎えてくれるか?…いや、それはないか。
 じゃあぶん殴るか?
 それとも刺すか?
 …それとも」

鎌足はそこで一旦言葉を切り、もう一度丘を見渡した。
もうここには、入鹿が生きていた痕跡などないに等しいのに、何故か彼が近くにいるような気がする。
二十数年も前に亡くなった彼の姿が、鎌足の頭の中で鮮やかに蘇る。
やや癖のある柔らかい髪に、男にしては大きな瞳。
それでも、口許にいつも浮かんでいる自信に満ちた笑みのせいか、ちっとも女々しくは見えない、入鹿の姿。

「俺がそっちに行ってたらさ。
 殴ってもいい。蹴ってもいい。
 何なら刺してもいいし、燃やしてもいいぞ?
 ただ……無視だけは、しないでほしい」

好きだったんだからな。
あなたはちっとも振り向きゃしなかったが。
鎌足は心の中で呟いた。

鎌足は、微動だにせずに甘樫丘からの飛鳥の景色を見ていた。
が、しばらくしてそこら辺の木に括りつけてあった馬を引き出すと、馬に跨がって丘を下っていった。
これから近江まで帰らなければならないのを、少々面倒くさく感じながら。

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