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水月庵

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頼重危機一髪




頼重様転封の理由の後半は妄想120パーセントですぞ!

「おお光国、よく来たな。今茶を点ててやろう」
 小姓の先導で御休息の間に姿を見せた少年の姿に、家光は相好を崩した。
 彼が家光の前に腰を下ろすと、後頭部で結った髪がぴょこんとはねた。ごく私的な場とはいえ、将軍に拝謁するというのに見事なまでの婆娑羅っぷりである。
 それに、一応はきちんと着用している裃にもまだどこか着られている感じが否めない。
 が、家光は特段気にした風でもなく、手にした茶筅でシャカシャカと薄茶を点てはじめる。
「また背が伸びたのではないか?このぶんではいずれお父上を追い越すやもしれぬな」
「……恐れ入ります」
 変声期の名残りか、少し掠れた声で少年──徳川光国が応える。
「喉が渇いただろう。さ、まずは一杯」
 そう言って手許にずいと差し出された茶碗を持ち上げ、光国はそれを飲み干した。
 空になった茶碗を畳の上に戻しつつ、光国は物言いたげに将軍を見上げた。






「どうした?」
 じとりと家光を見上げる三白眼は、ほとんど睨んでいると言ってもよい程の鋭さだ。
 彼の言いたいことは何となく見当はついている。
 だが、敢えて家光はとぼけた。
「最近おまえはどうも元気がないと聞いてな。心配しておったのじゃ。わしで良ければ話を聞いてやるぞ」
 光国は相変わらず家光を睨んでいた。
 本当に、まるで虎のように鋭い目をする子である。
 尤も、親ほどの年齢で且つ天下人である家光にはご機嫌斜めの仔猫にしか見えないのだが。

「どうして上様は、俺から兄上を取り上げたのです。兄上をよりにもよって四国なんかに」
 口に出すことで却って兄が遠くに行ってしまったことを実感したようだ。猫のような目にじわりと涙が浮かぶ。
「はて。取り上げるとは穏やかでないな。
 確かに場所は遠いかもしれぬが、下館五万石から高松十二万石への転封は栄転だと思うが。
 大名家の世子ではない子にこのような大国を与えるなど特例中の特例なのだぞ」
「そうは言っても四国はいくら何でも遠すぎます!」
 たまらず、光国は叫んだ。
 仮にも天下の大将軍に向かって怒鳴り散らすなど、なかなかに末頼もしい少年だ。気性が荒く物怖じしないところは父親譲りであろうか。
 とにかく、いじりがいがある。

「しかしのぅ、仕方がないではないか。
 おまえの兄上、頼重を水戸の部屋住みで終わらせるのはあまりに惜しい」
「俺はそれでいいです! 兄上には一生不自由はさせません!」
「おまえは良くても頼重は嫌だろう」
 そう言ってやると、光国はこの世の終わりのような顔になった。本当に、面白い。
 だがこれ以上からかうと本当に泣いてしまいそうなので悪ふざけはこの辺りにして、家光は咳払いをした。

「良いか光国。真面目な話だ」
 言われて、光国も姿勢を正す。
「わしはおまえの兄上を高く評価しておる。京仕込みの教養もさることながら、あれはなかなかに肝の座った男だ。
 まだ十七だった頼重を下館の藩主に据えたときは、実質的には父の頼房や経験豊富な家老達が藩政を取り仕切るであろうから大人しく藩主の座に座ってくれておればよいと思っていたが、あれは鷹狩りと称して領内を視察して武威を示し、すっかり国を掌握してしまった。
 そして親ほども年の離れた家老達のことも上手く顎で使っておるようだ。
 その働きぶりを見るまでは、いずれ折を見て関東の手頃な大名達を改易して十万石ほどの土地を拵えて、そこの藩主にとも思っておったが、そのような容易な土地ではあれには物足りぬだろう」
「しかし……」
 光国は口を尖らせた。
 兄が将軍に高く評価されるのは嬉しいが、そのせいで兄が遠くに行ってしまうのではあんまりではないか。

 そんな光国の愁歎をよそに、家光はあっけらかんと続けた。
「その点高松はいいぞ。先だっての御家騒動で未だ領内はごたついておるし、慢性的な水不足への対処など、やることは山積みだ。
 それに、かの国は西国の海防の要。
 西国には未だ徳川の天下に納得しておらぬ外様大名もひしめいておるし、海の向こうもざわついておる。
 もしも異国より明からの逃亡者が押し寄せたり南蛮が攻めてきたときには高松を拠点に京を守ることになる」
「最悪じゃないですか」
 光国はあんぐりと口を開けた。
「俺の大事な兄上をよくも……よくもそんな土地に」
「そう怒るな。頼重ならやってくれるさ」
 わなわなと震え、まだ床に置かれたままの茶碗を将軍に投げつけかねない勢いで憤る光国にも、将軍はどこ吹く風だ。

「それにな……頼重を高松に転封したのにはもうひとつわけがあってな……」
 先程よりも小さな声で、手にした扇子をいじりながら家光が言う。
「もうひとつ?」
 不良少年は首を傾げた。結いあげた長い髪が獣の耳のようにぴくんと揺れる。
「あまり大きな声では言えぬことだ」
 近う寄れ、と家光は閉じた扇子を手招きするように動かした。
 蹲踞の体勢で光国は将軍ににじり寄る。
 で、もうひとつの理由とは何なのです、と小声で問う光国に家光はため息まじりに言った。
「そもそも、西国守護といえばもともと一人いただろう」
「と言いますと、紀州の伯父上ですか?」
「そう。紀州の徳川頼宣だ」
 徳川頼宣といえば、尾張の徳川義直、水戸の徳川頼房(頼重と光国の父)と並んで御家門の中でも最高位に位置する紀州徳川家の当主である。
 初代将軍の末息子達であり、将軍家の紋である丸に三つ葉葵の家紋を使用することが許された彼らはそれぞれ要地に配置され、紀州の頼宣は未だ徳川にまつろわぬ者も多い西国へ睨みをきかせるため紀州へ封じられたのであるが。

「頼宣どのは剛毅な性格で、確かに頼もしいお人ではあるのだが、どうにもこう、同年代でしかも甥であるわしのことを軽んじているきらいがあるというか」
「ああ……」
 光国は生温かい目になった。
 頼宣は父の同母兄ということもあり、光国も幼少の頃より可愛がってもらってはいるのだが。
「というか、尾張の義直どのとてそうだ。わしは子供の頃よくあの二人に木の棒でつつかれたり追いかけ回されたりしたものだ。そんなわしを守ってくれたのはそなたの父だけだ……」
「上様も苦労なさってるんですね」
 しょんぼりと肩を落とし、遠い目になった将軍にさすがの光国も同情を禁じえなかった。

「というわけで、そんな頼宣がどうすればまともに西国を守る役目を果たしてくれるかと、わしはずっと考えていた。そして思い出したのだ。あの舟遊びの日のことをな」
「あの舟遊びの日……」

 時は三年ほど遡る。



 あれは、暑い夏の日だった。
 その日、将軍家光は尾張の義直、紀州の頼宣、水戸の頼房、そして各々の子息である光義、光貞、頼重、光国を隅田川の舟遊びに誘った。
 真夏とはいえ、大きな傘で直射日光が遮られている御座船の甲板の上は少しだけ涼やかだ。頬をくすぐる川の風が心地良い。
「あんまり身ぃ乗り出すと落ちるで」
 ご馳走に舌鼓を打った後、子供達は甲板に出て水面を跳ねる魚を見ていた。
 大きな魚の影を見つけて思わずぐいっと身を乗り出した光国と、紀州の──件の徳川頼宣の嫡子である光貞を、頼重が首根っこを掴んで引き戻した。
 舟遊びという非日常で、それすらも楽しかったのか二人はキャッキャと笑っている。
 義直と頼宣は船室で酒盛りに突入しており、最近妙に大人ぶりたい年頃の尾張の世子光義もそちらに参加しているようだ。
 頼房と家光は舳先に立って何やら親密そうに話し込んでいる。

「竹丸!」
 ややあって、頼宣が船室からひょっこりと顔を出した。竹丸とは頼重の幼名である。
「おまえもこっちへ来い。もう酒も飲めるだろう?」
 そう言って頼重を誘う頼宣の精悍な顔はすでにほんのりと赤い。
「しゃーないなぁ」
 弟と従弟の面倒を見ていた頼重は呟いた。
「ほなちょっと酔っ払いの相手してくるわ。いい子にしてるんやで」
 光国と光貞の頭をぽんぽんと撫で、頼重が踵を返す。
「兄上が行くなら俺も!」
 光国が慌ててその後を追う。
「えっじゃあ俺も」
 光貞も後に続いた。

「おお竹丸、来たか。さ、早くここに座れ」
 頼重の姿を見るなり相好を崩して頼宣が自分の膝を叩く。
「もう子供やないんやから」
 苦笑しつつ、頼重は頼宣の隣に腰を下ろした。
「おまえは本当に竹丸が好きだな」
 脇息に凭れ掛かりながら盃を傾けていた義直が呆れたように笑う。
「可愛いんだから仕方ないだろう。見ろよ今日も絽の透け透けの着物がよく似合っている」
 夏らしく涼しげな絽の羽織を着た頼重の肩を抱いて撫でさすりながら上機嫌で頼宣は言った。
「透け透け言わんといてや。伯父上はいったいどんな目で俺を見てるん」
「そりゃあもう、あわよくばという目で見てる」
 頼宣はすでに酔っているようだ。
 そこでようやく、頼宣は頼重の後をついてきた息子と甥っ子に目を向けた。
「なんだチビ共も来たのか。菓子はないぞ」
 その言葉にふんっと鼻を鳴らしつつ、やはり来て良かったと思う光国であった。絶えず目を光らせておかねばこの伯父が兄に何をするかわかったものではない。
 尾張の義直光義親子も少し陽気になりかけていて頼りになりそうにないことであるし。

「おお、出来上がっておるな」
 船室に戻ってきた家光と頼房もその様を見て苦笑した。
 上座につく家光を見つつ、隣に頼重を侍らせた頼宣は相変わらずご機嫌だ。
「伯父上。たまにはつまみも食べんと酒だけじゃ悪酔いするで」
 伯父の手をさりげなく避けつつ、頼重が言う。
「じゃあおまえが食べさせてくれ」
 催促するように顔を近づける頼宣に、しゃーないなぁとぼやきながら、頼重は塩茹でされた枝豆を手に取り、鞘から出した豆を伯父の口に押し込んだ。
 用が済むとすぐに離れていこうとする頼重の手を、頼宣はすかさず掴んだ。
「……ちょっと。俺の指は食べ物やあらへんのやけど」
 呆れるだとか嫌悪感とかいうものを通り越して、頼重は笑ってしまった。
「豆なんかよりこっちのほうが美味い」
 自分の手の中に捕らえた甥の指を舐る。
「俺なんか食ったら腹壊すで」
「冷たいこと言うなよ」
 言いながら、頼宣はもう片方の手を頼重の着物の袂へ伸ばした。
「……あかんって。それはさすがに」
 その手が袂から中へ潜り込もうとしたところで、少し離れた場所で光貞と遊んでいた光国はたまらず立ち上がった。いや立ち上がろうとした。

 先に動いたのは光貞だった。
 無表情でつかつかと頼重に絡む父親に近づく。
 気配に気づいた頼宣が振り返ると同時に、スパーンと何とも爽快な音が船室に響いた。
 酔っ払った父親の頭を光貞が遠慮会釈なく引っ叩いた音だ。
「馬鹿じゃないの」
 目を丸くして息子を見上げる頼宣に、冷たい一瞥とともに吐き捨てる。
 夏だというのにまるで冬将軍のように冷たい視線で息子に睨まれ、さすがの頼宣も酔いが覚めたようだ。
「頼重さんも頼重さんだよ。何いいようにされてんの」
 彼の冷たい視線は頼重にも向いた。
「すみません」
 何となく釈然としない思いを抱えながら、衿を整えつつ頼重は従弟に謝罪した。



 そして舞台は現在へと戻る。

「嫌なことを思い出させないでくださいよ」
 あの日のことをまざまざと思い出し、光国は眉を顰めた。
「とにかく、あの光景を見てわしはこれだ、と思ったのだ」
「どれですか」
 家光はしたり顔で笑った。
「頼重を高松へ転封させると決めた後、わしは頼宣を呼び出した。そしてこう言ったのだ。
 どうか頼重を守ってやってくれ。もしも西国でことが起こったとき、前線に立たされる彼を守ってやれるのは貴方しかいない。また、そのようなことにならぬために西国へ睨みをきかせられるのも貴方だけなのだ、と」
「ははぁ」
 兄を遠くへやられた憤りと愁歎を一瞬忘れ、光国は感心してしまった。なるほど、天下人とはこのように人を転がすのか。

「これが効果覿面でな」
 扇子を開き、してやったりとでも言うように家光は楽しげに笑っている。
「頼重が高松の藩主になってからというもの、頼宣はまるで怪しい薬でも打たれたかのようにそれはそれは勤勉に西国の守護に励んでおる。
 相変わらずわしのことはどうでもいいようだが、頼重を守れという言葉が見事に効いたらしい。
 いやはや、これで徳川の天下も安泰よ」
 扇子をパタパタとひらつかせながら笑い転げる天下人に、光国はがっくりと肩を落としてため息をついた。
 そんな妙な事情で俺達兄弟は引き裂かれたのか。
 そう思うと、やるせなかった。

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