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水月庵

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仁義なき戦い

SIDE. K

江戸の街にほど近い宿屋で僕たちは駕籠や馬から降りた。
兄上様が大きく伸びをする。狭い駕籠の中から束の間解放された兄上様はとても嬉しそうだ。
「やっと着いたなぁ。さ、おめかしせな」
上体を反らせたり屈伸をしたりと凝り固まった関節を伸ばしながら、兄上様が言う。

僕は大久保公忠(きみただ)。通称は主計(かずえ)。
畏れ多くも高松藩の大老の任を仰せつかっている。といえばまるでおじさんのようだが、あいにく僕はまだピチピチの17歳である。






兄上様は御名を松平頼重といい、初代高松藩主。つまり僕の主君。徳川御三家のひとつ、水戸家の当主の長子だけど、仔細あって水戸家は継がずに高松藩の藩主をやっている。
そして、そんな彼を兄上様と呼ぶからには僕も水戸家の当主の息子なのだが、僕はこれまた仔細あって実父から認知してもらえずに家臣の大久保さんの子供として育ったため、兄上様と僕は立場上は主君と家臣であり、僕が兄上様を兄上様と呼ぶのは二人きりのときだけだ。

僕たち高松藩一行は高松から江戸までの海路あり川路あり陸路ありの長い長い旅をほぼ終え、江戸を目前にしている。
あとはこの宿屋で衣装を整え、華やかな大名行列をつくって江戸へ入るだけだ。

でも僕は、気持ちが晴れなかった。そんな僕の顔を兄上様がじっと覗き込む。困る。そんなに見つめられたら、心臓が飛び出てしまいそうだ。

「どないしたんや、暗い顔して」
しっとりとした低い声で紡がれる上方訛り。
「いっいえ、何でも……っ。少し疲れただけで……」
声が上ずってしまう。
兄上様との二人きり(二人きりではないが)の旅ももう終わってしまうのだと思うと、とても寂しい。
「そうか。大丈夫か? というか、おまえはお留守番でも良かったんやで?
むしろ大老として留守中の城を預かってくれたほうが」
「それはダメです!」
僕は慌てて首を振った。
それは、それだけはいけない。
何といっても、江戸には奴がいるのだ。あんな害獣がいるところに、兄上様を一人(一人ではない)で行かせるなど。

「それよりも殿」
今は周りに藩士たちがたくさんいるので呼び方は「殿」だ。
「ん?」
「今日は江戸に入って、江戸屋敷でゆるりと過ごされますか?」
僕と一緒に。
期待を込めてそう尋ねると、兄上様は当たり前のようにこう答えた。
「いや、高松屋敷で旅装を解いたら水戸の屋敷へ行く。千代も待っとるしな」
少し垂れ気味の目を細めて、そう言って笑う兄上様は本当にかっこいい。旅の疲れからか、目の下に薄く浮かんだ隈すらその美しさを引き立てているようだ。
でも。
千代。兄上様は愛おしげにそう言った。
僕は兄上様にバレないようにこっそりと歯を食いしばった。
千代とは、兄上様の弟、まあつまり僕には兄にあたるわけだが、の水戸徳川の世子、徳川光国のことだ。
奴は幼名を千代松というので、兄上様は親しみを込めて奴のことを千代、と呼んでいる。
何なんだあいつは。
同母弟か何か知らないけど、すでに他家の人間である兄上様にいつまでもベタベタしやがって。
僕は心の中で思いっきり舌を出した。



SIDE. M

今日は朝から落ち着かない。
一時期は色々あって手のつけられないほどの不良息子だった俺だが、最近はすっかり更生して日々学問に勤しむようになっている。
まあ格好は相変わらずの傾奇者といったところだが、登城するときはきちんとしているのでそこは大目に見てほしい。
ともかく、最近ではすっかり末頼もしい若様として通っている俺ではあるが、今日という今日はまったく勉強が手につかない。
何といっても今日は、1年ぶりに兄上に会えるのだから。

「若君、高松藩主松平頼重様、ただいま隣の高松藩屋敷に入られた由にございます」
さっきからずっと門のほうをちらちら見ていた俺に、気を利かせた近侍がわざわざ知らせてくれた。
「本当か!?」
「はい。ただ、こちらへいらっしゃるのは旅装を解かれてからになりますのですぐというわけには……」
近侍の言葉も聞かず、俺は部屋を飛び出した。

門の前で待つことしばし。
待ちかねた人が姿を見せた。
「兄上!」
久しぶりに見る頼重兄上の姿に矢も盾もたまらず、俺は彼に駆け寄るとその勢いのまま、兄上に飛びついた。
「千代!」
兄上は俺をしっかりと抱きとめてくれた。そして、俺を愛称で呼ぶ。
兄上の美声でそう呼ばれると、本当にとろけそうになる。
この人に1年も会わないで、よく生きてこられたものだとすら思う。
「元気やったか?」
「兄上に会えたから今元気になりました」
ぎゅっと兄上に抱きついて甘えながらそう言うと、兄上はふふっと笑った。

ふと顔を上げると、兄上の後ろですごい顔をしている奴と兄上の肩越しに目が合った。
そいつの顔を見た瞬間、俺も真顔になる。
こいつは高松藩大老、大久保主計公忠。
幼いときから小姓として俺の兄上に侍り、どんな手を使ったのか知らないが17歳の若さで大老の地位に収まりやがった。
まあ要するに、俺の大事な兄上にたかるハエのような忌々しい奴である。
実は兄上の異母弟、つまり俺の異母弟でもあるらしいのだが、それはさして重要なことではない。
あくまで異腹である以上、弟という点ではこいつは俺に勝てないからだ。

「これはこれは水戸徳川家御世子様」
女みたいな顔に慇懃無礼な笑顔を貼り付けて奴が言う。
「いい加減、我が殿をお離しくださいませ。ガキじゃないんですから」
吐き捨てるように奴はそう言った。
「『我が殿』だと?」
兄上にしがみついたまま、俺は公忠を威嚇した。
「俺の兄上がいつてめぇのものになったんだ?
だいたい、藩の家老風情がこの俺にそんな口叩いていいとでも?」
「ハッ何を偉そうに。貴方はあくまで世子。偉いのは父上であって、貴方自身は偉くもなんともないじゃないですか。
殿のご信任とご寵愛を得て畏れ多くも大老の地位をいただいた僕とは随分な違いですね。
ね、兄上様? あっ間違えちゃった2人きりのとき以外は殿って呼ぶって約束だったのに」
ひと息にまくしたて、ぺろっと舌を出す公忠。
絶対わざとだ。
なーにが「2人きり」だふざけんじゃねえぞ。
ギリギリと指先に力を込める。
「千代、痛い」
そうだった。今俺、兄上に抱きついてその肩に掴まってたんだった。

SIDE. Y

一年ぶりに会った千代は背丈も一段と伸び、派手な出で立ちは相変わらずなものの、かつての不良少年ぶりはどこへやら、見違えるように綺麗に、頼もしく成長していた。
でも中身は相変わらずやなぁ、と微笑ましい気持ちでその長身を身体全体で受け止める。
そのとき一歩よろけたのはご愛嬌だ。

腕の中には千代がいて、後ろには主計が控えている。可愛い弟達に囲まれて俺としては満点の光景なのだが、彼らにとってはどうもそうではないらしい。
彼らは現在、俺の身体越しに仁義なき泥仕合を繰り広げている。

「兄上」
甘えるように、千代が俺の肩に顔をうずめる。
「どうしたん?」
「今日はうちにお泊りになりますよね?」
「うーんどうしよ」
今日は自分の邸で休むつもりだったけれど、可愛い弟に可愛くお願いされれば心は揺れる。

「ちょっと何言ってるんです!」
主計がズンズンと近づいてきた。
「兄上様は長旅でお疲れなんですよ! ふざけないでください!」
主計はとうとう実力行使に出た。
千代の肩を掴んで彼を俺から引き剥がしにかかる。
「痛ぇなこの無礼者! ていうか何だてめぇ、俺の家では兄上が寛げないって言いたいのか!」

すっかり忘れていたが、ここは水戸徳川江戸屋敷の門の前だ。当然、通行人というものがいる。
水戸藩世子と高松藩大老が取っ組み合いの喧嘩をしているところをご近所さんに見られるのもまずいし、町人たちに見られるのはもっとまずい。妙な滑稽本が江戸の街に大流行してしまう。

「ええ加減にしよし」
俺はようやく、弟達を止めにかかった。
「俺は二人とも大好きやし、二人がいがみ合うてるとこなんて見とうないんや。
そやし、仲良うしぃ」
二人の頭をポンポンと撫でる。
そうすると、やや納得のいかない表情ながらも二人はとりあえずお互いに手を引っ込めた。

「兄上、今日は兄上がいらっしゃるから久しぶりにうどんを打ったんです。
その……」
千代がきまり悪げな表情でちらりと主計を見る。
「おまえにも食わせてやっても……いいぞ……」
「うどん……」
主計が少し嬉しそうな顔をする。
そういえば、この参勤の途上、一度もうどんを食べていなかった。
「食べてあげても……いいですよ……」
恥ずかしながら、俺も主計もうどんには目がない。
すごい。うどんは世界を救う。

俺たちは三人仲良く邸の中へと入った。
それにしても、この二人の不仲はどうにかしたほうがいいにはいいのだろう。
でも。
俺は二人にばれないようにふふっと笑った。
俺を取り合ってキャンキャン争う弟達が、俺は可愛くてしょうがない。
結局のところ、一番タチが悪いのは俺だということだ。

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